てんし【天使】 Angel Song 2. 手塚が風呂から上がってきた時、不二はベッドの上で横たわって本を読んでいた。お互いにすっかり馴染んでしまった光景だった。 「お上がり、手塚」 その言葉に視線だけで応じて、濡れた髪をタオルで拭いながらベッドに腰かけた。 「何を読んでるんだ?」 顔を合わせずに尋ねた手塚に、不二も本に再び視線を落としながら答えた。 「山の写真集だよ。だから正確には見てるんだけど」 そう聞いて手塚は表情に出さずに訝しがった。だいたいいつも、不二が読んでいるのは棚にある長編小説の類だった。今日に限って写真集だなんて珍しく感じたのだ。夕方迎えにきたことといい、今日は珍しいこと尽くしだった。 「……君ほんと好きだよねー、山とか釣りとかアウトドア系」 不二の言葉で、ふと我に返った。 「ああ……趣味、だからな」 不二は体を起こして手塚の肩に顎を乗せた。いきなり触れられたので驚いた手塚は思わず振り返った。 「……じゃあ、テニスは何? 趣味じゃないの?」 くすり、と、意地悪げな笑みで問い掛けられた。 手塚は答えに詰まった。おそらく不二もそれを見越してこんな質問をしてきたのだろう。ときどき天使とは思えないぐらいに意地の悪いときがある。 「……趣味、と言うか……なんだろうな」 なかなか言葉が出てこない手塚をからかうように不二が言った。 「生きがいみたいなもの?」 生きがい、という言葉が自分には妙にピッタリくるような気がしたので、素直に肯定した。 「……そう、かもな」 不二はわずかに表情を歪めた。自分で言っておいて手塚が認めると不満らしい。 「でも……君、テニスできなくなったら死んじゃいそうだもんね」 学校から帰ってくるとたいてい部活の話題を話す手塚を、不二は笑顔で聞いていた。ひょっとしたら聞き流していただけかもしれない気もするが。テニスのことになると熱くなってしまい、時々手塚一人で喋っていることがよくあったからだ。天使が専門用語を知っているとは思えない。 「だいたい手塚、テニスで負けたこと無いんでしょ」 不二の言葉に、手塚はどこかちくりと棘があるのを感じた。 「そんなことはない。始めた頃はよく負けていたぞ。あと、コーチ相手にはなかなか勝てなかったし……」 やはり、不二の言葉には棘があった。 「それなのに、まだ飽きずに練習続けてるんだもんねえ……よくやるよほんとに」 手塚はわずかに答えを躊躇った。 「……そうだ。日々の練習だけが次の勝利を確実なものにしてくれる。努力あるのみだ」 さすがにそこまで言われると気分は良いものではなかった。手塚は眉根を寄せた。それじゃまるで、自分にはテニス以外の取得が無いがないようではないか。 とにかくテニスの話題を続けると、また不二に自分のテニス馬鹿ぶりをからかわれるだけだと思ったので、手塚は話題を切り替えようと試みた。 「それにしても……珍しいな、お前が写真集を見ているなんて」 不二は不思議そうに首を捻った。 「そうかな、写真は好きだよ、昔から。カメラも持ってたし」 手塚にとっては初耳だった。 ふと、夕方のことが思い出された。 そう思ったら、思わずこんなことが口をついて出た。 「……お前……何者なんだ?」 不二は思いっきり不審そうな顔をした。 「何を今更……何度も言わさないでよ。天使だってば」 半眼になった不二の言葉はもっともだと手塚は思った。だが、一ヶ月経ってようやくその疑問に思い至ったのだ。 「わ、悪かった……だが、だから、お前がここに来る前はどういう生活だったのか、聞かせてもらいたいんだが……。その、天使もカメラを持っているのか?」 瞬間、不二の表情が曇った。 だが、不二はすぐに普段の笑顔に戻った。 「……まあ、下界……ああ、人間社会で言われているところの天使と大差ないと思うよ? 神様のお使いってこと。選ばれた人間に神の言葉を伝えたり、人間にこうやって幸福を与えたり。それが義務で存在意義そのものだし。実を言うとまだまだ僕は下っ端なんだけどね。だから、これも修業の一環ってわけ。だいたいいつもこういうこと繰り返して天界と下界往復してる」 手塚はなんだか納得した。時々見せる天使らしくない言動も下っ端だと思えばなんとなく了解できたからだ。 「では、天使には仲間が……ちゃんと、いるのだな」 心のどこかで手塚は安堵した。不二は一人きりではないのだ。 「じゃあ、お前、家族はいるのか?」 手塚の声のテンションがやや下がった事に気がついたのか、不二は少し慌てた様子でフォローを入れた。 「あ、でも大丈夫だよ、うん。仕事は結構楽しいし。それに……」 不二はふと、身体を寄せると、手塚の腰に手を伸ばした。 「……君に会えたし」 手塚だけには不二に対する触覚もあるので、触られるとゆるやかな刺激がそこに加えられる。 「だって手塚そろそろ、溜まってるでしょ?」 他人にそんな場所を触られたのも、そして自分の知らなかった快感を味あわされたのも、全て不二の手によってだった。 「いいよ、抜いてあげる」 不二はそう言うと、顔を下にさげて手塚の股間に近づけた。 :*:・。,☆゚'・:*:・。,★,。・:*:・゚'☆,。・:*: くちゅくちゅと、下半身に濡れた音が響く。 「う……」 股間にある不二の頭をぎゅっと掴みながら、手塚は与えられる刺激に耐えていた。 「気持ちいい? 手塚」 その問いかけに、素直に首を縦に振る。 「……も、う……」 限界を訴える自分に、たしなめるように言って、根元を簡単に達しないように指で押さえつけた。上半身だけパジャマを羽織った手塚の身体が大きくしなる。 「う……くっ……」 不二とこういうことになってしまったのは、いっしょに過ごすようになってまもなくの頃だった。 ――だって君の勃起してたから。宿代代わりに、抜く手伝いぐらいしてあげようかなーって……。 手塚はそれで何も言えなくなった。 その後、手塚の身体の調子を見越したタイミングで不二は口淫に及んだ。 腰に触られて「溜まってるんじゃない?」と笑顔で聞かれるとどうしても断れなかった。 濡れた触感にまみれた下半身が熱い。不二の身体には、当然口内でも体温は無いから、自分の熱である事はまちがいない。 「……もう」 不二の頭をぐいと押しのけて、自分のものを出させようとするが、不二は離さなかった。抗議のように一際先を強く吸われる。根元を押さえつけていた指で棹の部分を上下に扱いた。 「く……」 手塚の放った生暖かい液体を不二は総て受け止めた。まだ中に残っている分まで全部飲み尽くそうとするようにさらに吸い上げてからようやく顔を上げる。恥ずかしさで頬を染めた手塚と視線が合う。 「……おまえな……!!」 唇を手で拭って不二が言う。 「……ごちそうさま」 居た堪れなくなって、顔を背けた。 「……もう一回ぐらい出しとく?」 その申し出に、手塚は弱々しげに答えた。 「……も、もういい……」 不二は身体を起こすと、横になっている手塚の隣に並んだ。 「……不二」 もう何度も聞いたことだが、手塚は問わずにはいられなかった。 「これも何度目かなあ……だから、君に気持ちよくなって欲しいからだよ」 だいたい、普通の人間同士でだって、それだけの理由でする行為じゃあるまい。 そこまで考えて手塚はふと自問した。 手塚が悩んでいるのを見ていた不二は、ふと、頭を手塚のうなじに摺り寄せた。 「……結局僕こんな身体だし。ダッチワイフぐらいだと思ってくれればいいよ」 :*:・。,☆゚'・:*:・。,★,。・:*:・゚'☆,。・:*: 翌日の放課後も、不二は学校にやってきた。 「手塚さー、ちゃんと食べてる?」 不意打ちだったので手塚は本気で驚いた。ユニフォームを両手に絡ませたまま声のした方を向くとベンチに不二が足を組んで座っていた。膝に肘を突いて、憮然とした表情でこちらを見つめている。 「前々から思ってたんだけどさ、かなり痩せてるよね君。筋肉はついてるんだけど」 あまりに突然の事だったので手塚は何も言えなかった。 「お前、何故、ここに……」 不二の言う通り、手塚はここ最近、毎日練習終了後も一人でギリギリまで部室に残っていることが多かった。 「……悪かった。お前が心配するほどの事じゃない。いろいろとあってな……」 不二から視線を反らして、手塚は剥き出しの左肘を右手で抑えた。 「ふーん、部室ってこんな風になってるんだね。思ってたよりキレイだね。もっと男くさいものかと思ってたけど」 手塚が着替えを終えるまで、もの珍しそうに不二は室内を見て回っていた。 (ん……?) 不二がラケットを持つ姿に、何か、胸に引っかかるものがあった。 「不二……!」 不二は気付いていないようだった。怪奇現象に見えるのを心配した手塚は、慌てて不二の手からラケットを取り上げた。 その時、ドアが開いて二人の人影が入ってきた。 「ああ、やっぱり手塚か」 爽やかな笑顔を浮かべた大石の後ろに控えた人物の顔を確認した手塚は、あからさまに目を丸くした。普段のポーカーフェイスからは信じられないような感情丸出しの顔でその人物を凝視している。隣の不二が小さく悲鳴を発し、青ざめた顔でわずかに後退したことにも気付かなかった。 「大和部長……!!」 上気した声で名前を呼ぶ。 「い、いったい……どうして、ここに……!?」 手塚はラケットを床に置くと、不二のことなど忘れた様子で二人のもとに駆け寄った。 「ああ、竜崎先生のところで会ってさ、ついでだからってここまで来てもらったんだ」 感激したようすで会話している手塚と残り二人を、不二は後ずさって、壁にもたれながら腰を落として見ていた。 「竜崎先生の用事って、いったい何だったんですか?」 大石と手塚を和やかに見詰めていた大和は、ふと、辺りを見回した。 「ところで、手塚君。……さっき部室で誰かと話してませんでした?」 そう言われて、手塚はようやく不二の存在を思い出した。 「い、いえ……」 大和は顎に手を当てて部室内をぐるりと見回した。 「だ、誰もいませんが……」 手塚が冷や冷やしながら答えると、大石もそれに同意した。大石には不二は見えていないのだから当然だ。 「うーん……」 大和はそう言うと、不二のいる方から目を離した。 :*:・。,☆゚'・:*:・。,★,。・:*:・゚'☆,。・:*: 帰り道、不二は妙にテンションが低かった。 「さっきの人、何だったの……?」 不二はすっかり怯えた様子だった。大石と大和がいる間何故か部室の隅で身を縮めていた。 「先々代の部長でいらっしゃった大和さんだ。あの方に教わったことは数え切れないほどある……」 手塚は目を細めて不二を見たが、不二が本気で怯えているようだったのでそちらに気をとられた。 「……どうしたんだ?」 そう言えば、大和は不二の存在を感じていたようだった。不二自身が言っていたように第六感の強い人なら見えることもあるらしい。さすが大和部長だ、とどこかずれたところで感動した手塚だった。 「それに……」 不二は真剣な瞳で何処か遠くを見据えながら答えた。 「なんかそっくりな人知ってるから……びっくりしちゃって……」 ただそれだけの割には怯えようが普通でない気はするのだが。 「あーもう、こんなことはどうでもいいんだよ、それより試合がんばってね、手塚。もうすぐなんでしょ?」 急に話題を変えられて手塚は戸惑ったが、不二にとっても触れられたくない事のようだったので追及するのは止めておいた。 「ああ……」 不二は手塚の先を歩き始めた。 (奇麗なフォームだった……) 膝のばねを生かした自然なフォームだった。全身の力の入れ具合といい、素人が一夕一朝でできるようなものではない。間違いなく何年も練習を積んだ人間のする動きだった。おそらく今の青学でもあれだけ奇麗な動きが出来る人間はレギュラーぐらいのものだ。 (……こいつ、経験者なのか?) そう思って考えてみれば、不二が自分の話を喜んで聞いていた理由もわかる。手塚は不二が理解できないのではないかと危惧していたが、本当は全部しっかり解っていたのではないのか。 天使もテニスをするのか? むしろ、もともと、不二は人間だったのではないか。 「……不二」 名を呼ぶと、不二は笑顔で振り向いた。 「お前……」 だが、それ以上、口に出せなかった。 それを考えたら、言葉が出てこなかった。 「……いや……何でもない」 不二は不思議そうに首を捻ったが、再び微笑んだ。 「応援してるからね、君のこと」 胸の奥に重い気持ちを抱えながら、手塚はそう答えた。 ……フェラする必要は皆目無い気はするんですが。 すみません……卒論が年明け提出なのでクリスマス完結は無理になりそうです……。 |