てんし【天使】
(1)ユダヤ教・キリスト教・イスラム教などで,神の使者として神と人との仲介をつとめるもの。エンジェル。
(2)やさしい心で,人をいたわる人。「白衣の―」  (新辞林 三省堂)

Angel Song

2.

 手塚が風呂から上がってきた時、不二はベッドの上で横たわって本を読んでいた。お互いにすっかり馴染んでしまった光景だった。
 ドアが開く音でこちらに気付いたのか、こちらを振りかえる。

「お上がり、手塚」

 その言葉に視線だけで応じて、濡れた髪をタオルで拭いながらベッドに腰かけた。

「何を読んでるんだ?」

 顔を合わせずに尋ねた手塚に、不二も本に再び視線を落としながら答えた。

「山の写真集だよ。だから正確には見てるんだけど」

 そう聞いて手塚は表情に出さずに訝しがった。だいたいいつも、不二が読んでいるのは棚にある長編小説の類だった。今日に限って写真集だなんて珍しく感じたのだ。夕方迎えにきたことといい、今日は珍しいこと尽くしだった。

「……君ほんと好きだよねー、山とか釣りとかアウトドア系」

 不二の言葉で、ふと我に返った。
 確かに自分はアウトドア系を好んでいる。それは山の写真とルアーの飾られたこの部屋を見れば一目瞭然だろう。

「ああ……趣味、だからな」
「ふーん……趣味ねえ」

 不二は体を起こして手塚の肩に顎を乗せた。いきなり触れられたので驚いた手塚は思わず振り返った。
 耳元に口を近づけられると、おぼろげなその感覚に胸が高鳴った。

「……じゃあ、テニスは何? 趣味じゃないの?」

 くすり、と、意地悪げな笑みで問い掛けられた。
 それだけ言うと不二は顔を離した。

 手塚は答えに詰まった。おそらく不二もそれを見越してこんな質問をしてきたのだろう。ときどき天使とは思えないぐらいに意地の悪いときがある。
 頭にやっていた手をぴたりと止めて、しばらく悩みこんだ。

「……趣味、と言うか……なんだろうな」

 なかなか言葉が出てこない手塚をからかうように不二が言った。

「生きがいみたいなもの?」
「…………」

 生きがい、という言葉が自分には妙にピッタリくるような気がしたので、素直に肯定した。

「……そう、かもな」
「……うわ、冗談のつもりだったのに」

 不二はわずかに表情を歪めた。自分で言っておいて手塚が認めると不満らしい。
 だが、ふっと優しい表情に戻った。

「でも……君、テニスできなくなったら死んじゃいそうだもんね」
「…………」
「……つーか、なんかもうそれ君じゃないっていうか。別人だよ」
「あのな……」
「だってあんなに毎日遅くまで練習ばっかり。今日だってそうでしょ? 君が強いのは知ってるけどさ」

 学校から帰ってくるとたいてい部活の話題を話す手塚を、不二は笑顔で聞いていた。ひょっとしたら聞き流していただけかもしれない気もするが。テニスのことになると熱くなってしまい、時々手塚一人で喋っていることがよくあったからだ。天使が専門用語を知っているとは思えない。
 だが、不二は文句も言わず、嬉しそうに手塚の話を聞いていた。
 だから手塚も普段の無口ぶりからは想像できないほど饒舌に話している自覚があった。

「だいたい手塚、テニスで負けたこと無いんでしょ」

 不二の言葉に、手塚はどこかちくりと棘があるのを感じた。
 語調を強くして手塚は反論した。

「そんなことはない。始めた頃はよく負けていたぞ。あと、コーチ相手にはなかなか勝てなかったし……」
「……それは普通当たり前だよ。そうじゃなくてさ、中学校に入ってからは負けなしなんでしょ」
「……まあな」
「小学校の時のジュニア大会でも優勝したって言ってたよね。やっぱりそもそもの才能が違うんだよね」

 やはり、不二の言葉には棘があった。

「それなのに、まだ飽きずに練習続けてるんだもんねえ……よくやるよほんとに」
「……当たり前だ。才能も過去の勝利も当てにならない。だいたい勝利に奢って油断するのが一番の問題だ」
「だから最近毎日、遅くまで一人で練習してるの?」

 手塚はわずかに答えを躊躇った。
 やや時間を置いて、肯定した。

「……そうだ。日々の練習だけが次の勝利を確実なものにしてくれる。努力あるのみだ」
「……なんかそこまでくるとテニスの鬼って言うか、ただのテニス馬鹿だよね」

 さすがにそこまで言われると気分は良いものではなかった。手塚は眉根を寄せた。それじゃまるで、自分にはテニス以外の取得が無いがないようではないか。
 左手をぐっと握り締める。

 とにかくテニスの話題を続けると、また不二に自分のテニス馬鹿ぶりをからかわれるだけだと思ったので、手塚は話題を切り替えようと試みた。

「それにしても……珍しいな、お前が写真集を見ているなんて」

 不二は不思議そうに首を捻った。

「そうかな、写真は好きだよ、昔から。カメラも持ってたし」
「……そうなのか?」
「そうだよ、言ってなかったっけ?」

 手塚にとっては初耳だった。
 というか、手塚は不二が天使というだけで、それ以外の事は何も知らないに等しい。この一ヶ月間、不二は自分の生活にちゃっかり入り込んで趣味も把握しているのに、これでは不公平だろう。

 ふと、夕方のことが思い出された。
 大石たちと話している時に、寂しそうにしていた不二のことが。

 そう思ったら、思わずこんなことが口をついて出た。

「……お前……何者なんだ?」

 不二は思いっきり不審そうな顔をした。

「何を今更……何度も言わさないでよ。天使だってば」
「いや……そうじゃなくてだな、天使といっても、いったいどういう組織があってどういう目的で活動していて、普段はどういう生活を送っているのか、とか……そういう事を聞きたいんだが……」
「……あのさ、君、そういうことって、もっと会ってすぐに聞くんじゃないかな、普通」

 半眼になった不二の言葉はもっともだと手塚は思った。だが、一ヶ月経ってようやくその疑問に思い至ったのだ。

「わ、悪かった……だが、だから、お前がここに来る前はどういう生活だったのか、聞かせてもらいたいんだが……。その、天使もカメラを持っているのか?」

 瞬間、不二の表情が曇った。
 泣き出しそうな顔だと手塚は思った。

 だが、不二はすぐに普段の笑顔に戻った。

「……まあ、下界……ああ、人間社会で言われているところの天使と大差ないと思うよ? 神様のお使いってこと。選ばれた人間に神の言葉を伝えたり、人間にこうやって幸福を与えたり。それが義務で存在意義そのものだし。実を言うとまだまだ僕は下っ端なんだけどね。だから、これも修業の一環ってわけ。だいたいいつもこういうこと繰り返して天界と下界往復してる」
「……そうか」

 手塚はなんだか納得した。時々見せる天使らしくない言動も下っ端だと思えばなんとなく了解できたからだ。

「では、天使には仲間が……ちゃんと、いるのだな」
「まあね。基本的に個人行動だけど」

 心のどこかで手塚は安堵した。不二は一人きりではないのだ。

「じゃあ、お前、家族はいるのか?」
「うーん……いないんだよね、天使って存在には。ちゃんとした身体もないし」
「そうか……」

 手塚の声のテンションがやや下がった事に気がついたのか、不二は少し慌てた様子でフォローを入れた。

「あ、でも大丈夫だよ、うん。仕事は結構楽しいし。それに……」

 不二はふと、身体を寄せると、手塚の腰に手を伸ばした。
 そのまま指を一番手塚の敏感な部分に触れさせた。

「……君に会えたし」
「……不二……」
「こういうこともできるし……」

 手塚だけには不二に対する触覚もあるので、触られるとゆるやかな刺激がそこに加えられる。
 自分の手とは違う、よく解らないものの感触。
 だが、決して、嫌な感じはしないのが手塚には困りものだった。

「だって手塚そろそろ、溜まってるでしょ?」
「しかし……」

 他人にそんな場所を触られたのも、そして自分の知らなかった快感を味あわされたのも、全て不二の手によってだった。
 手塚としては嫌悪感は拭えないが、だが、拒みきる事も出来なかった。

「いいよ、抜いてあげる」

 不二はそう言うと、顔を下にさげて手塚の股間に近づけた。

          :*:・。,☆゚'・:*:・。,★,。・:*:・゚'☆,。・:*:

 くちゅくちゅと、下半身に濡れた音が響く。

「う……」

 股間にある不二の頭をぎゅっと掴みながら、手塚は与えられる刺激に耐えていた。

「気持ちいい? 手塚」

 その問いかけに、素直に首を縦に振る。
 不二はそんな自分に満足したように、硬くそそり立った自分の先端に優しくキスをした。

「……も、う……」
「焦らないで、うんとよくしてあげるから、ね?」

 限界を訴える自分に、たしなめるように言って、根元を簡単に達しないように指で押さえつけた。上半身だけパジャマを羽織った手塚の身体が大きくしなる。
 そのまま、空いているほうの手で垂れ下がる嚢をやさしく揉まれる。浮き上がった筋を下から上へ何度も舐め上げる。先が腹につくぐらいまで反り返ったあと、不二は割れ目に尖らした舌を差し込んだ。割れ目に沿って押し込むように舌を動かしていると、透明な液体が勢いよく溢れ出してきた。
 上下の唇で先の部分を吸い上げられると、手塚の内腿が痙攣した。快感で思わず上がった足が不二の背中に当たる。

「う……くっ……」

 不二とこういうことになってしまったのは、いっしょに過ごすようになってまもなくの頃だった。
 一緒にベッドで寝たがる不二を手塚は許した。そのため、朝方、手塚の身体の状態がすぐに解ってしまったらしい。
 目が覚めたら両足の間に不二が居て、口をつけられていた。
 羞恥で怒鳴りつける手塚に、不二は押しの強い笑顔で返した。

 ――だって君の勃起してたから。宿代代わりに、抜く手伝いぐらいしてあげようかなーって……。

 手塚はそれで何も言えなくなった。

 その後、手塚の身体の調子を見越したタイミングで不二は口淫に及んだ。
 それ以下のこともなければ、それ以上のこともされなかったのだけれども。

 腰に触られて「溜まってるんじゃない?」と笑顔で聞かれるとどうしても断れなかった。
 そして現状に至る。

 濡れた触感にまみれた下半身が熱い。不二の身体には、当然口内でも体温は無いから、自分の熱である事はまちがいない。
 舌を使って全体を舐められる。歯が触れて甘噛みされる刺激も自分を否応なく高めた。口をすぼめて頬肉で吸い上げるようにされると、意識が遠くなった。

「……もう」

 不二の頭をぐいと押しのけて、自分のものを出させようとするが、不二は離さなかった。抗議のように一際先を強く吸われる。根元を押さえつけていた指で棹の部分を上下に扱いた。

「く……」
「……ん」

 手塚の放った生暖かい液体を不二は総て受け止めた。まだ中に残っている分まで全部飲み尽くそうとするようにさらに吸い上げてからようやく顔を上げる。恥ずかしさで頬を染めた手塚と視線が合う。
 ごくりと、不二の喉が上下する様子が、生々しく目に入ってきた。
 自分のものを飲み込んだのだ。

「……おまえな……!!」

 唇を手で拭って不二が言う。

「……ごちそうさま」
「……!!」

 居た堪れなくなって、顔を背けた。
 不二は気にしていない様子で、幾分萎えたものを清めるようにもう一度舌を這わせた。

「……もう一回ぐらい出しとく?」

 その申し出に、手塚は弱々しげに答えた。

「……も、もういい……」
「そう?」

 不二は身体を起こすと、横になっている手塚の隣に並んだ。
 手塚は不二の顔を見ることが出来なかったので、逆の方向を向いていた。
 そのまま問い掛けた。

「……不二」
「何?」
「……どうして、こんなことをするんだ?」

 もう何度も聞いたことだが、手塚は問わずにはいられなかった。
 仮にも天使と名乗る身で性交の真似事なんて、間違いなく倫理的に何か問題あるんじゃないか。
 手塚の疑問に、不二は可愛く首を傾げていつものとおりの答えを返した。

「これも何度目かなあ……だから、君に気持ちよくなって欲しいからだよ」
「……しかし」

 だいたい、普通の人間同士でだって、それだけの理由でする行為じゃあるまい。
 そう手塚は思う。
 こういう行為には普通順序があるはずだ。それぐらいは恋愛関係には疎い手塚だって知っている。告白したりキスをしたりそういう期間があって、それから身体の関係に移るものではないのか。……なのにいきなり、下半身から初めてどうするのだ。不二はどうもその辺の常識や倫理観が欠如しているらしい。
 それに一ヶ月こういうことを続けていながら、まだ、キスさえしていないのに。

 そこまで考えて手塚はふと自問した。
 それではまるで、不二と順序だてて、キスをするような関係になりたいようではないか。

 手塚が悩んでいるのを見ていた不二は、ふと、頭を手塚のうなじに摺り寄せた。
 熱も脈もない、おぼろげな感触が敏感な首筋に触れる。

「……結局僕こんな身体だし。ダッチワイフぐらいだと思ってくれればいいよ」
「………………」
「大丈夫だよ上しか使ってないから。下の方使うと僕が入れるにしろ入れられるにしろさすがにヤバイんだろうけどねー」
「お、お前な……」
 生々しい不二の言い方に手塚は僅かに顔を赤くして振り向いた。入れる入れないってどういう意味だ。なんとなく予想がついたが故に恐くて問えなかった。
「何を言ってるんだ……!!」
「気にしなくていいってこと。僕が君にしてあげたいだけだから」
 不二はそう言って、いつもの微笑を見せた。

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 翌日の放課後も、不二は学校にやってきた。
 手塚が自主練を終え、着替えている最中だった。ユニフォームを脱いでいるときに、急に呆れたような声が聞こえた。

「手塚さー、ちゃんと食べてる?」
「……!!」

 不意打ちだったので手塚は本気で驚いた。ユニフォームを両手に絡ませたまま声のした方を向くとベンチに不二が足を組んで座っていた。膝に肘を突いて、憮然とした表情でこちらを見つめている。

「前々から思ってたんだけどさ、かなり痩せてるよね君。筋肉はついてるんだけど」
「お、お前……」

 あまりに突然の事だったので手塚は何も言えなかった。
 部室のドアは鍵はかけていないとはいえ、開けばすぐに解る。だがそんな気配は全く無かった。気がついたら室内に不二がいた。
 どうやってここに現れたのか聞こうと思ったが、壁抜けや瞬間移動ぐらい、天使ならやってのけるのかもしれないと思いなおした。
 両腕からユニフォームを抜き、気持ちを落ち着けると、上半身裸のまま不二の方に向き直った。

「お前、何故、ここに……」
「昨日と同じ。手塚最近妙に遅いから、気になって」

 不二の言う通り、手塚はここ最近、毎日練習終了後も一人でギリギリまで部室に残っていることが多かった。
 それで不二に心配をかけていたのか、と思うと、少し反省した。

「……悪かった。お前が心配するほどの事じゃない。いろいろとあってな……」
「謝らなくてもいいけどさ、まあ君が忙しいのは予想つくし。だいたい部長と生徒会長兼任ってのが間違ってるよね」
「……まあ、な」

 不二から視線を反らして、手塚は剥き出しの左肘を右手で抑えた。
 そのままロッカーに向かうと制服のシャツを取り出し、袖を通した。
 手塚の様子をずっと不二は伺っていたが、やがてきょろきょろと辺りを見回し始めた。

「ふーん、部室ってこんな風になってるんだね。思ってたよりキレイだね。もっと男くさいものかと思ってたけど」
「日々の整理整頓は心身鍛錬の基本だ」
「ああうん、つまり部長がうるさいから皆気をつけてる訳だ」
「………………」

 手塚が着替えを終えるまで、もの珍しそうに不二は室内を見て回っていた。
 誰かのラケットを勝手に出して手にとって素振りをしてみたり、我が物顔で勝手に振舞っている。そのようすを手塚は学ランのボタンを嵌めながら横目で伺っていた。端から見たらあれはラケットが勝手に浮いて動いているように見えるのだろうか、と下らない疑問が脳裏に浮かぶ。

(ん……?)

 不二がラケットを持つ姿に、何か、胸に引っかかるものがあった。
 だが、それが何かわかる前に、ドアの外から話し声がした。

「不二……!」
「え?」

 不二は気付いていないようだった。怪奇現象に見えるのを心配した手塚は、慌てて不二の手からラケットを取り上げた。

 その時、ドアが開いて二人の人影が入ってきた。

「ああ、やっぱり手塚か」
「ご無沙汰してます、手塚君」

 爽やかな笑顔を浮かべた大石の後ろに控えた人物の顔を確認した手塚は、あからさまに目を丸くした。普段のポーカーフェイスからは信じられないような感情丸出しの顔でその人物を凝視している。隣の不二が小さく悲鳴を発し、青ざめた顔でわずかに後退したことにも気付かなかった。

「大和部長……!!」

 上気した声で名前を呼ぶ。
 大石と一緒に現れたのは青学テニス部先々代の部長、大和だった。手塚にとっては一年生の時に言葉にできないほどの恩を受けた人物でもある。

「い、いったい……どうして、ここに……!?」

 手塚はラケットを床に置くと、不二のことなど忘れた様子で二人のもとに駆け寄った。

「ああ、竜崎先生のところで会ってさ、ついでだからってここまで来てもらったんだ」
「スミレちゃんに呼ばれてましてね。調子はどうですか、手塚君?」
「は、はい……お陰様で順調です……!!」
「それはよかった」
「はい……!!」

 感激したようすで会話している手塚と残り二人を、不二は後ずさって、壁にもたれながら腰を落として見ていた。
 だが、三人は会話が弾んでいて、その様子に気付かなかった。

「竜崎先生の用事って、いったい何だったんですか?」
「ああ、去年の秋の大会のデータを僕が持ったままだったので。今年の試合が始まる前に確認しておきたいと言われて……。スミレちゃんから大石君と菊丸君の話も聞きましたよ。手塚君もいますし、来年こそは全国を目指せるかもしれませんねえ……」
「もちろんそのつもりですよ」
「ええ、必ず来年は全国を……!」
「頼もしいですねえ」

 大石と手塚を和やかに見詰めていた大和は、ふと、辺りを見回した。

「ところで、手塚君。……さっき部室で誰かと話してませんでした?」
「……え?」

 そう言われて、手塚はようやく不二の存在を思い出した。
 だが、不二の声は手塚以外には聞こえないはずだ。

「い、いえ……」
「おかしいですね、確かに声が漏れていたような気がするんですが……」
「何言ってるんですか、手塚しかここにいないことが証拠じゃないですか」
「そうなんですけどね……現に今も何か、気配が……」

 大和は顎に手を当てて部室内をぐるりと見回した。 
 手塚も周囲の様子を伺うふりをしながら、不二の姿を確認すると、不二は部室の隅に身体を隠すようにしていた。

「だ、誰もいませんが……」
「そうですよ、怖いこと言わないでくださいよ」

 手塚が冷や冷やしながら答えると、大石もそれに同意した。大石には不二は見えていないのだから当然だ。
 しかし、大和はそうではないらしい。
 不二のいる辺りで視線を固定して、そっちの方をずっと見ている。

「うーん……」
「や……大和部長?」
「……まあよいでしょう。ぼちぼち校門も閉まりそうですし、帰りましょう」

 大和はそう言うと、不二のいる方から目を離した。
 手塚は二人に隠れて、安堵の息をついた。 

         :*:・。,☆゚'・:*:・。,★,。・:*:・゚'☆,。・:*:

 帰り道、不二は妙にテンションが低かった。

「さっきの人、何だったの……?」

 不二はすっかり怯えた様子だった。大石と大和がいる間何故か部室の隅で身を縮めていた。

「先々代の部長でいらっしゃった大和さんだ。あの方に教わったことは数え切れないほどある……」
「そ、そうなの……? あんなのに……?」
「あんなのとは何だ。初対面の相手に向かって失礼だろう」

 手塚は目を細めて不二を見たが、不二が本気で怯えているようだったのでそちらに気をとられた。

「……どうしたんだ?」
「いや、ちょっと……見えてるみたいだったし」

 そう言えば、大和は不二の存在を感じていたようだった。不二自身が言っていたように第六感の強い人なら見えることもあるらしい。さすが大和部長だ、とどこかずれたところで感動した手塚だった。

「それに……」

 不二は真剣な瞳で何処か遠くを見据えながら答えた。

「なんかそっくりな人知ってるから……びっくりしちゃって……」
「……そうなのか?」

 ただそれだけの割には怯えようが普通でない気はするのだが。

「あーもう、こんなことはどうでもいいんだよ、それより試合がんばってね、手塚。もうすぐなんでしょ?」

 急に話題を変えられて手塚は戸惑ったが、不二にとっても触れられたくない事のようだったので追及するのは止めておいた。

「ああ……」
「まあ君のことは心配してないけどさ」

 不二は手塚の先を歩き始めた。
 その背中を追いながら、手塚は先ほど部室内で抱いた違和感を思い出していた。
 ラケットを素振りする不二の姿だ。
 あの時は何がひっかかったのか気付かなかったが、今ははっきりとしていた。

(奇麗なフォームだった……)

 膝のばねを生かした自然なフォームだった。全身の力の入れ具合といい、素人が一夕一朝でできるようなものではない。間違いなく何年も練習を積んだ人間のする動きだった。おそらく今の青学でもあれだけ奇麗な動きが出来る人間はレギュラーぐらいのものだ。

(……こいつ、経験者なのか?)

 そう思って考えてみれば、不二が自分の話を喜んで聞いていた理由もわかる。手塚は不二が理解できないのではないかと危惧していたが、本当は全部しっかり解っていたのではないのか。

 天使もテニスをするのか?
 ……いや、と手塚は思いなおした。
 何かが天啓のように脳裏に閃いた。

 むしろ、もともと、不二は人間だったのではないか。
 自分たちと同じ、テニスをやっていた、ただの子供だったのではないか。
 ……それが、どういう訳か、今は天使となっているだけではないのか。

「……不二」
「何?」

 名を呼ぶと、不二は笑顔で振り向いた。

「お前……」

 だが、それ以上、口に出せなかった。
 もしもそうだったとしたら、不二は、どんな思いで自分の姿を見ていたのか。
 昨日の大石たちとの会話を、どんな思いで聞いていたのか。
 自分が不二の立場だったら、それをどう思うか。

 それを考えたら、言葉が出てこなかった。

「……いや……何でもない」
「そう?」

 不二は不思議そうに首を捻ったが、再び微笑んだ。

「応援してるからね、君のこと」
「……ああ」

 胸の奥に重い気持ちを抱えながら、手塚はそう答えた。
 それだけしか言えなかった。


……フェラする必要は皆目無い気はするんですが。
たとえ天使でもこれぐらいやらないと天才様の名がすたると思ったので……
大和が出てきたのは趣味なので言い訳しません。

すみません……卒論が年明け提出なのでクリスマス完結は無理になりそうです……。
また来年の旧暦クリスマス、とか……(遠い目)

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