不二の後悔はその日の夕方、すぐに訪れた。
「『悩殺テク』……ですか」
「はいもう、手塚君ならこれでばっちり落とせます!!」
その日、部活も終わり、帰りに律儀に大和の家に立ち寄った不二を、もう部活もない大和は満面の笑顔で出迎えてくれた。今日も家には大和一人のようだった。両親共働きらしいが、それにしてもほとんど大和の一人暮らしのように見える。
普段ならとりあえず大和の自室に通されるのだが、今回は珍しくキッチンに連れて行かれた。こざっぱりとして清潔なシステムキッチンは整頓されていて使用者のマメさを思わせた。
大和の趣味は年齢不肖でオヤジくさい外見に反して菓子作りだったりする。だから今日だってキッチンに行くように言われた瞬間、チョコレートでも作るのかとふと思っていたのだが。
食卓の上に広げられていたのは、ピンク色のフリルとレースで飾られたエプロンだった。
ご丁寧にも胸の部分がハート型になっているやつだ。
無言で帰ろうとした不二の手を、大和はがっしりと掴んだ。
「やはり新妻は男の夢です!! これ見て落ちない男なんていませんから!!」
「……って貴方と手塚を一緒にしないでください!!!」
我慢できなくなって金切り声を上げた。
「だいたい何ですかこれは!!」
「……何って、エプロンです」
「そんな見て解ること聞いたんじゃありません!! どうして貴方がこんなもの持ってるかってことです!!」
「そりゃあもちろん、着てもらおうと思って……」
「誰にですか!! 誰に!!」
大和は黙って不二を見下ろした。
何かに対する期待の眼差しで。
「あ、あのですね……ッ」
返す言葉を失って不二はたじろいだ。
大和は机の上からエプロンを取り上げると、不二の目の前に突きつけた。
その勢いに不二が思わずあとずさる。
しかし大和は、飄々とした笑顔を崩してはいなかった。
「まあエプロンは冗談だとしても、手塚君にどうですか、手作りチョコでも?」
不二はぐっと唇を噛んだ。
「……でも、僕がチョコなんかあげても……」
不二は手塚に淡い恋心を抱いている。それは大和も承知の上である。だが同性だし相手はあの手塚だしいろいろと障害の多い恋路であった。とりあえず不二としては告白してフラレるぐらいならこのまま友人のままでいた方がマシだと思っているところである。
しかし大和はそれを後押ししたいらしい。
その真意は解らないが。
「ああ言うのはやっぱりまず何よりも気持ちです。相手に自分の気持ちを伝えるだけでも十分じゃないですか? こっそり名無しで机の中に入れておくとかでも、渡さないよりは随分勇気のある好意だと思いますよ」
「………………」
「普段よりバレンタインなんかの方がチャンスなんだと思うんですよ。『木を隠すなら森』の言葉のとおり、みんな何かしら告白しますから。普段は男同士だから部活仲間だからって遠慮してても、名無しとしてなら気持ちだけでも伝えられますよ」
そう言われると、なんとなくその気になってくる。
名前さえ明かさなければ別にいいんじゃないか、と。
「チョコ、作ってみません? 材料は用意してますから」
大和が微笑む。
何か騙されているような気がしながらも、不二は首を縦に振ってしまった。
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大和は鼻歌交じりに、楽しそうにチョコ作りの準備を始めていた。
「さーて、基本のテンパリングからいきましょうか!」
「…………」
お湯と水をはったボウル二つと、刻んだチョコの入ったボウル一つの、合計三つが並んで用意された。
ちなみに不二は、例のエプロンをシャツと学生服の上から着ている。
その時、大和は非常に何か文句がありそうな顔をしていたが、何を狙っていたかはだいたい予想がついたので、あえて無視して話を進めた。
不二の真後ろに大和は立っていた。二人羽織りの要領で後ろから指示するつもりらしい。
後ろから覆い被されると、正直気が落ち着かない。
「……この体勢、あからさまに作為的なものを感じるんですけど……」
「いいえ、手作りチョコはテンパリングが命ですから」
大和は後ろから手を伸ばして、チョコの入ったボウルを取り上げると、お湯を入れたボウルで湯せんにかけた。みるみるうちに溶けていくチョコの中に温度計を入れると、温度を気にしながら木べらで溶かしていく。
「クーベルチュールチョコレートを奇麗に溶かして固めようと思うと、ただの湯せんじゃ駄目なんですよ。温度をしっかり調節しながらじゃないとね……僕温度見てますから、不二君掻き混ぜてください」
「っ……」
耳に直接吹き入れるように指示をしてくる。
別に温度を測るぐらい、この体勢でなくても出来るじゃないか。
反論はしたかったが、現在とりあえず向こうの方が教える身であり、立場は上だ。逆らえない。
「完全に溶けたら、次は水の入ったボウルに入れて下さい……徐々に冷ましてゆきます。ここからが肝心ですよ。26℃になるまで掻き混ぜてください」
ボウルを取るはずみで腰を思いっきり押し付けてきたので、後ろを向いて視線に力を込めて睨みつけた。思わず顔が赤くなる。
「な、何……」
何か異物の感触があった。
「えー? ただボウルを取っただけですよ? ほらほらちゃんと掻き混ぜないと奇麗なつやが出ませんよ……?」
「くッ……」
だが大和はとくに気にしていないように温度計を見ていた。
どうしようもないくらいに立派なセクハラ体勢だ。
腕を止めないようにしてなんとか身体をずらして逃れようとするが、がっちり腰で押さえつけられていて無駄だった。
温度計を持っていない右手で、脇をゆっくりと上から下に撫で上げられる。
突然の指の動きに、声をあげそうになったが、なんとか耐え切った。
「ほら、ちゃんと集中して……もうすぐ26℃ですよ。今度は再びお湯の方で少しだけ温めます……」
(ッ……)
下心があるのは明らかだが、大和はそれを全面には押し出していなかった。下手に話をそっちに持っていくと藪をつついて蛇を出す可能性があるので、不二に出来ることは必死にセクハラ攻撃に耐えることだけだった。
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しかしその後、大和のセクハラを何とかかわしながら、作業は着々と進んだ。何をされてもとにかく一言も反応を返さなかったのが良かったらしい。
チョコの飾りを終えて、不二はふう、と息をついた。その後ろで大和はすでに用具の片付けに入っている。ぶつぶつと何か愚痴を言っているような気もするが、やっぱり無視しておいた。
とにかく、あとはこれを固めてしまうだけだ。
そう思って、チョコの並んだトレイを手に持った、瞬間だった。
「……!?」
突然、下半身に何かがかけられた。
「……うわぁ! うっかり湯せん用のお湯をこぼしてしまいました!!」
大和が棒読みで叫ぶ。
「もうお湯自体は冷め切っていて火傷の心配はありませんが、一応大丈夫ですか不二君!!」
「………………」
「ただのお湯ですから染みを心配する必要はありませんが、それでも一応、ちゃんとズボン脱ぎましょうね!!」
「……………………………………」
さっさと床に撒かれた水をふき取った大和は、余りの出来事に呆然としている不二のズボンを下ろそうと膝立ちになって不二のベルトに手をかけた。
そのままズボンを下げようとした段階で、不二が反抗しないことに気付いたのか、大和は手を止めた。
不二は水をかけられた時から、トレイを再び机の上に戻した以外、俯いたまま、ぴくりとも動かない。
「……えと、不二君……? 何かその、言いたい事……ありませんか?」
「………………」
「ふ、不二君……」
恐る恐る、大和は二度名前を呼んだ。
不二は大和と視線を合わせようとしなかった。
「……やり方が……回りくどすぎます……」
「…………?」
不二が呟くように言った言葉が何のことか解らなかった大和は、蹲ったまま不二の顔を伺った。
「したいならしたい、ってはっきり言えばいいじゃないですか。こういうやり方は……悪趣味です……」
「はあ……すみません」
思いがけないことを言われて大和は一瞬戸惑ったが、責められていることは理解したのか、ぺこりと頭を下げた。
そんな下に出た態度が不二に火をつけた。
「だいたい……貴方はいつだって、そーやって……自分のことははっきり言わなくて、はぐらかして、誤魔化して……手塚のことだって、結局どーなのか……」
「えっと、……あのー……?」
「全部誤魔化してるだけじゃないですか。なんかもう、存在自体が誤魔化してるって気もするけど……結局、本心なんか一個も無くて……人が嫌がる顔だけ見て楽しんでるだけで……」
不二の全身が微かに震えているのが、腰を支えている大和の手にも伝わってきた。
「ちょ、ちょっと待って下さい……わ、解りました。ちょっと遊びすぎました。反省してます。……じゃあ……はっきり言えば、いいんですよね?」
「………………」
少し逡巡したあと、不二は首を縦に振った。
「……じゃあ」
大和は立ち上がって、不二の耳元に顔を寄せて呟いた。
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(……結局、こういうことになってしまうわけだ)
シャツ一枚を羽織ったままの姿で、居間のソファーに腰掛けて、不二は大きく溜息をついた。
腰と一緒に気分まで重い。
不二の心の中は流されてしまった自分に対する自己嫌悪で一杯だった。
「溜息ばっかりつくと、幸せが逃げて生きますよ?」
湯気の立っているマグカップを持った大和がやってきた。白いカップを不二に対して渡そうとする。
甘いカカオの香りが漂ってきた。
不二は目を合わせずにそれを受け取った。
「……だいたい嫌がらせばっかりしてて、楽しいですか?」
ココアを啜りながら、不二は恨みがましい視線で大和を見た。
「楽しいですよ、かなり。人によりますけど」
苛立った口調の不二の質問に、大和はきっぱり即答した。
不二は憮然としたままだった。
人によるってどういう意味だろうか。自分がからかいやすい人種だという事だろうか。それなら手塚の方がよっぽど面白いと思うが、大和は基本的に手塚の前だけでは真面目で立派なテニス部元部長の姿を見せるのだ。……もっとも、手塚の方がだいぶ大和のことを美化している部分も多い。
「……いったい何したいんですか、貴方。手塚にチョコ押し付けるように焚きつけたかと思ったら……こういうことしたり、とか……」
それは不二の本心からの問いだった。
「うーん……どーでしょう……?」
そう問われると大和は顎に手を当てて悩んだ。
そして逆に問い掛ける。
「……不二君はどう思います?」
「……質問に質問で返さないでください!! 結局嫌がらせするのだけが目的なんですか!?」
もっともな不二の反論に、大和は微笑んで答えた。
「まあ……強いて言うなら、僕もまだまだ子供だってことですね」
「?」
よく意味が解らなかった。
「ところで、これ」
大和はそう言って、一つの紙袋を不二に手渡した。
「チョコですよ。ラッピングの用意もしましたから、あとはお任せしますね」
紙袋の中にはタッパーが一つと、折りたたまれた白い箱やら何やらが見えた。あまりの準備のよさに気が遠くなるほどだった。どうしてチョコだのラッピングの準備だのしているのだろうか。ただの趣味とは言い切れない。
何か企んでいるのだろうか、この人。
とっさにそんなことを思ったが、それよりも紙袋の中のもう一つの物体に気を取られて思考回路が止まった。
おぞましいピンク色の服のような何かが、チョコの入ったタッパーの横にあった。
「あ、さっきのエプロン汚しちゃったので、もう一個ついでにあげますね?」
紙袋からビニール袋に入ったままのエプロンを取り出すと、不二はそれを力の限り床に叩きつけた。
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時は流れて、2月14日放課後。
隠岐は大和の机の上にどっさり並んだチョコの箱を見て、驚きの様子を隠せないようだった。
「な、なんだ……その量は……」
自分は紙袋が二つ。これでも去年より増えた。だから安心しきっていた。
だが、すでに大和の場合は机の両側に紙袋がぶら下がっており、なおかつ机の上にも溢れ返っている。
呆気に取られている隠岐の顔を見て、大和は満足げな笑みを浮かべた。
「ふっふっふ。作戦勝ちです……」
「さ、作戦……だと……?」
思わず息をのんだ。
いったい、どういう作戦をすれば、これほどまでにチョコをもらえるようになるというのか。
「あ、大和くーん、これ追加ー」
大きな紙袋を抱えながら教室のドアを開けて入ってきたのは、隣のクラスの和泉という名の女子生徒だった。二人とは二年生の時に同じクラスであった。そして調理部の元部長でもある人物だ。兼部マニアで菓子作りが趣味の大和は調理部の名誉顧問にも任命されている。
「昨日はほんっと助かったわー。もう大盛況でこっちも参加費でうはうはよー。それと無理言っちゃってごめんね? で、お礼とお詫びを兼ねて調理部員よりチョコを贈呈ー」
そう言って、和泉はチョコで一杯の紙袋とは別に、奇麗にラッピングされた大き目の箱を大和に手渡した。
「わー、ありがとうございますー」
「そーだ、隠岐くんにも知り合いのよしみであげるねー。義理でごめんねー」
いったい何が起こっているのか解らない隠岐の手の中に、和泉は小さな袋をぽんと置いた。
大和に手渡された包みとの落差に、心に冷たい風が吹き付けたような気がした。
和泉の持ってきた紙袋を受け取った大和は、ふと心配げな顔をした。
「ところで……でも、和泉さん、僕のことは……」
「あー大丈夫大丈夫、アレ知ってるの私と小林先生だけだし。特別講師は小林先生のお弟子さんでパティシエの専門学校に通ってる学生って設定になってるから。これだって、調理部員が私のところに持ってきてくれた分だし」
「……???」
二人の会話がわからなくて、隠岐は首を傾げた。
「……おい、『作戦』って……?」
「あ、実はねー、昨日調理部主催で女子生徒限定バレンタイン特別チョコレート教室やってたのよ。それで大和くんに特別講師として手伝ってもらったって訳。もー凄い大盛況だったのよー、それで、そのお礼にって皆……」
「なに……」
隠岐は愕然としながら大和の机の上を見た。
このチョコレートの山は、そういうことらしい。
しかし、調理部の手伝いと言うだけなら、これまでも大和はそれなりに行っている。
それだけでここまで大量にチョコをもらえるようになるのだろうか。
ふと、隠岐は大和の口元がいつもよりはすっきりしていることに目がいった。
さすがの大和も、バレンタインぐらいは無精髭を剃るのか、と思っていたのだが、今日の朝奇麗にしたにしては少し濃すぎる気もする。
女子生徒限定調理部主催チョコレート教室とその特別講師。そして髭の薄い大和。
さらに、大和の机の上におかれた大量のチョコレートの山。
この三つが隠岐の頭の中で一つに結びついた。
「って、お前……まさか……素顔で……」
隠岐は息を飲んだ。
サングラスと無精髭さえなくしてしまえば、大和は実は美形と呼んでも差支えないだけの容姿を持っている。ただし本人はどうでもいいポリシーがあるのか素顔をあまり見せたがらない。隠岐だって三年間で数回しか見たことがない。
しかし今回に関しては、ポリシーを曲げるほど、チョコが欲しかったのか。
大和は暗い瞳で、妖しげな笑みを浮かべている。
「ふふふ……ええもう、去年の屈辱、忘れちゃいませんよ……? さあ! このチョコの山を見て思う存分悔しがってください!! さあ!!」
「お前……」
だが怒るよりさきに、まず馬鹿馬鹿しくなってきた。
つまり、これもいつもの嫌がらせの一環だったらしい。
隠岐は大きく落胆した。
口からどっと大きな吐息が漏れる。
「……アホだろ」
その冷淡な反応に、大和はショックを受けたようだった。
ハンカチを取り出して、目もとを拭う。
「失礼な……」
泣き崩れるように和泉に寄りかかる。
「僕は隠岐君の驚いて悔しがる顔見たさのあまり……わざわざ素顔まで晒したのに……ッ」
「それがアホだって言うんだ……んなことに労力使う暇があったらだな……」
いい加減本気で呆れていたので、テンションが低くなる。
「ううっ……」
「あー……隠岐くんひどーい。大和くん泣いちゃったよー?」
二人の視線が恨みがましい。
何故自分が責められなければならないのか、不思議で仕方ないのだが。
もはや我慢出来なかった。
「……ってなあ……グルかお前等!!」
「隠岐君が悔しがってくれませんー悲しいですー」
「悔しがってあげなよー、ねー?」
隠岐はふつふつと込み上げて来る怒りの中に、冷静な自分を感じていた。
まあ、これはもはやレクリエーションの一つなのだ、と悟りきった口調でもう一人の自分が言う。
……この一見大人びた友人には、気に入った相手にどうしようもない嫌がらせをする子供っぽいところがあるのだ、と。
「……アホか!!」
いろいろと胸の中にある理不尽な気持ちを解消するためにも、隠岐は大和を力一杯怒鳴りつけた。
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部活終了後、菊丸はチョコが三つほど入ってる手作りのラッピング袋を取り出して、不二に見せた。
「あ、これが昨日の料理部主催チョコ教室で作ったチョコだって。クラスの子にもらったんだ〜義理だけど」
「……へえ、ていうか、そればっかりもらったんじゃない? エージ」
「う……」
言われてみれば菊丸の荷物には似たようなラッピング袋が多い。そのことを指摘されて菊丸が黙り込んだが、横から河村と大石がが慰めた。
「い、いや……それでも英二、たくさんもらえたじゃん。数だけなら手塚と不二に続いて三位だよ?」
「そ、そうだって……ほら、俺なんて片手で数えられるし……」
「うー……でもなんか大石のって本命っぽい……なんか納得いかない……」
一年部員のチョコレート獲得数は手塚がダントツで、不二がそれを追う形になり、続いて菊丸となる。あとの面々は似たり寄ったりだった。
噂の手塚は、今も部活の終わった女テニの生徒に呼び出されて、チョコを受け取りに行っている。手塚のロッカーの下にはもらったチョコの紙袋が並んでいた。
落ち込んだのか、黙り込んだ菊丸に、乾が横から口を挟んだ。
「……チョコ教室、というのは、あれか? B5のピンクのプリントで宣伝してあった、昨日の午後3時半から調理部主催で家庭科室にて行われたという……」
「うんそう、それ」
「噂しか聞いていないが、凄かったらしいな。なんでも現在パティシエの専門学校に通っている人をわざわざ講師として招いたらしいが……」
「ああ、調理部の子が凄い自慢してたよ。家庭科の先生の教え子でここの卒業生なんだって」
「へえ、そんな大事があったんだ」
知らなかったのか、大石と河村は感心した顔で乾の話を聞いている。
不二も話を聞くフリをしながら、さりげに自分の鞄から黒いリボンで飾られたひとつの白い箱を取り出すと、それを手塚用の紙袋の上に乗せた。
せっかく作ったのだし、渡すだけでも渡しておこうと思った。名前も書いていないし、中のメッセージカードもパソコンで作ったので自分だとバレる心配はない。……というか、バレたらいろんな意味で困る。
「その人がまたタレント顔負けの美男子だったらしい……一目見るために家庭科室の外にも人が溢れ返っていたとか……」
「そうそう、その人にもチョコ渡すんだーって皆張り切ってたよー。ま、確かにこれなかなか美味しいかも……」
「ふーん……」
何事もなかったように一仕事終えて、不二も一年生の話の輪に戻った。菊丸は既にチョコを食べ始めている。
別に講師が美形だろうがなんだろうがどうだっていいが、パティシエ志望に教えてもらったということでチョコレート自体には少し興味が湧いた。自分は辛いものの方が好きなのだが、菓子作りが趣味の姉と母親のせいで舌は結構肥えているのだ。
そう言えばもらった中にも、同じようなチョコがあった。
味が気になったので、開けて試食してみた。
「……?」
不二は首を傾げた。
確かに手作りにしてはなかなか美味しいし、見た目も奇麗なのだが、何故か大和の作ったチョコとどことなく雰囲気が似ているような気がしたからだった。
:*:・。,☆゚'・:*:・。,★,。・:*:・゚'☆,。・:*:
その日の夜、手塚家にて。
来月のお返しのために手塚は律儀にも、チョコをくれた女子たちの名前を確認しているところだった。
何気なく、紙袋の一番上にあった白い箱を手に取った。
(……?)
手塚は不思議そうにその箱を見た。
どうもまったく見覚えのない箱だったからだ。
白地に黒いリボンのシックなデザインは、けばけばしいラッピングが多い中では逆にかなり目立っていた。だからこのような箱があれば覚えているはずだ。ゲタ箱の中や机の中にあったものでこんな箱は無かった。直接自分が受け取った分としても記憶に無い。
「手塚君へ」と書かれたカードがついているからには、間違いなく自分がもらったものであるはずだが、受け取った記憶は無い。
(……紙袋の中に、誰か、直接入れたのか……?)
その可能性が高い。
しかし、手塚が見ていない時に紙袋に直接チョコの箱を入れられる生徒となると……同じクラスの者だろうか、それとも。
(部室に……放課後、俺が荷物を置いて行った時に)
だが、それだと、チョコを入れた可能性のある者はあの時部室に残っていた同じ一年部員だということになる。
それはないだろう、と首を横に振った。
何か手がかりはないかと添えられたカードを裏返すと、印刷されたメッセージが並んでいた。
短い文章を目で追う。
――試合、何度も見てました。これからも負けないでください。
それだけの言葉だった。
だが、わずかに手塚の口元が緩んだ。
終わる。
言い訳。
いやその……ぶっちゃけ不二子の裸エプロンを……やりたかったんです……が。
どーでもいい小ネタばっかりで終わっちゃったよ……。エロ部分は補完します……じゃなきゃ私が欲求不満……すみません……。
しかし手塚の出番少なすぎです。
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