バレンタインを目前に控えた2月上旬のある日の昼休み。
所用で職員室に行って帰ってくる途中だった不二は、生徒用掲示板に張られていた一枚のピンク色のプリントに目を留めた。
そのプリントはカラー印刷こそしているとはいえ、文字やイラストなど全体のセンスがどことなく素人くさい。いかにもさっさとパソコンで作って印刷したもののようだった。
いったい何のチラシだと思い、目で一番上の文字を追った。
(……『調理部主催・手作りチョコレート教室』?)
「おーい! 不二〜!!」
名を呼ぶ声が聞こえて、不二はプリントから意識を反らした。そこに居たのは同じ一年生のテニス部員・菊丸だった。
「何見てるんだよ?」
そう聞かれて、例のプリントに再び視線を戻した。菊丸も不二と一緒にそちらの方向を見る。
「んー、そういやもうすぐバレンタインだなーと思って……」
不二はどうでもよさそうに言ったが、エージは予想外に大きな声を出した。
「あ、これ知ってるー。13日の放課後にあるヤツでしょ? うちのクラスの女子がすげー乗り気だったからなー」
「そうなの? 女の子ってそういうの好きだよね……」
そういえば自分の姉も学生時代はかなり張り切っていたなあ、と不二は妙なことを思い出した。だが、菊丸はちちち、と指を一本立てて横に振った。
「そーじゃなくてだな、クラスに調理部の子がいてさ、その子が宣伝してたんだけど、なんでも超美形の男の先生がその日だけ特別指導してくれるんだってさ。それで皆乗り気だったわけ」
「……へえ」
とくに関心を引かなかったので不二は適当に流して答えた。
「調理部の人の知り合いとかでさ……有名ホテルのパティシエだとか料理の鉄人だとか西洋骨董洋菓子店だとかミスター味ッ子だとか噂だけが口コミで広がっているとかどーとか……」
「そう」
あまりにつまらなさそうな不二の口調に、菊丸のほうが脱力した。
「……って不二、どーしてそんなに冷めてるんだよ〜? だってバレンタインだぜ!?」
「だって関係ないじゃん、僕等には。このチョコ教室だって女子生徒限定って書いてるし……」
「あるよ! 大有りだよ!! ……やっぱりチョコもらえるかどうかって気になるし……、あいつらチョコ作ったんなら、俺も義理でもいくつかチョコもらえるかなーなーんて……」
「ああ、そういうこと……」
そういう菊丸の目が色気より食い気への期待で輝いているのを不二は溜息混じりにうかがった。実際、不二から見ると、菊丸はテニス部の中に限らずどこでも目立つし交友関係も広い生徒なので、多分心配しなくてもチョコはそれなりにもらえるだろうと思う。
そう思う不二の隣で、菊丸も大きく溜息をついた。
「って、やっぱり『天才』にはわかんない悩みかな〜。不二、すげーたくさんチョコもらえそーじゃん……」
「んー……そうかなー……」
言われてみれば、去年、小六の時も、持って帰るのに苦労するほどの量をもらった記憶がある。今年は中一、つまり最下級生なのでさほど多くなさそうな気もするが、もしもまた紙袋持参とか気を使わないとならないのかな、と思うと面倒くさいと正直思った。
気乗りしなさそうな不二に、菊丸は妬ましげな視線を向けた。
「ううう……モテる男の余裕ってやつかにゃ……」
「そーゆーわけじゃないけど……やっぱり顔知らない子からチョコもらってもさ気持ち悪いだけかな、って」
「普通は喜ぶんだよ!! そこは!!」
さすがの菊丸も少しキレた。
だが、すぐに再び肩を竦めた。
「……まあでも、うちの一年で一番もらえそーなのって……やっぱ手塚だろーなー……」
「…………」
不二の顔がわずかに強張った。ただし菊丸はそのことには全く気付かなかったが。
「まったく〜〜!! 皆あの仏頂面のどこがいいんだか……」
「……強いからね、手塚」
「……うーんいやそーじゃなくて……ああ〜!! とにかく手塚が女の子からチョコもらうのってなんかもったいない気がするんだよなあ〜!!」
髪の毛に手を差し込んで菊丸はわしゃわしゃと頭を掻き乱した。手塚がもてるのが理不尽らしい。
まあ、確かに、手塚は愛想は悪いし普段から眉間に皺が寄っているような生徒だし、性格だけなら女の子からは敬遠されそうな気もするのだが、そこにテニスの腕前と頭の良さと……そしてルックスが加われば話は別である。人間関係嫌いと取られそうなその性格も気高い孤高の王子様へと変化するのだ。
そんな手塚に、憧れている女の子は多い。正直多い。
手塚に淡い恋心を抱く不二にとっては、それは憂慮すべき事態である。
……しかし、当の手塚が恋愛関係方面にはさっぱり疎いので、取りたてて心配もしていなかったりもする。
(……でも、バレンタイン、かあ……)
玉砕覚悟で手塚に告白する女の子も多いんだろうなあ、と思うと、少し羨ましくなったりもする。
(僕が告白しても、意味ないしね……)
ある意味保守的なまでの頭の固さの持ち主である手塚にとって、同性同士、という壁は厚いだろう。
だから、今のまま……友人同士のままでいるのが一番いいのだ。
「……ところで、さ」
「……ん?」
一通り手塚への鬱憤を晴らしてすっきりしたのか、菊丸はすっきりした顔で話題を変えた。それで不二も自分の思考を止めて会話に戻った。
「先輩達が言ってたんだけど、去年テニス部でいっちばんチョコ獲得数多かったのって、隠岐副部長……じゃなかった、今は先輩か……なんだってさ」
とうにテニス部を引退した三年生、現在卒業間際の元副部長・隠岐はいかにもスポーツマンと言った正々堂々とした好人物だった。菊丸と同じように誰からも好かれる性質の持ち主で、確かに本命チョコも義理チョコも多くもらえそうだ。
「へえ……。ああ……うん、当然だろうねえ……」
不二は菊丸が何を言いたいのか、すぐに察知した。
去年は部長を差し置いて、副部長の方がモテていたらしい。
ある意味妥当と言えば妥当な結果である。
「……大和先輩、普通にモテそうにないしなあ……」
「うーん……まあねえ……」
二人は同時に大きく溜息をついた。
話題の大和元部長は、一般受けするためには外見やら性癖やらとにかく大改造する必要がありそうな、そういうクセのある人物だった。
「いや、ええと……悪い人じゃないんだし……マニア受け……はするかも、しれないけどさ……」
「……そうかな……」
お互いなんとなく歯切れが悪い。
不二はとくに大和の異常な性癖の数々を身をもって体験しているだけに、なんとも言い切れない。
「ま、今年は手塚がどこまで票を伸ばせるか、楽しみだなー」
「いやエージ……票、って……選挙じゃないんだし」
喋りながら二人はそろそろ、教室に向かって歩き出そうとした。
その時、前から背の高い二人の生徒がやってきた。
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話は少し前後する。
職員室に用事があって、昼食後席を立った隠岐と時を同じくして教室から何故か大和も一緒に出てきた。ちなみにこの二人、同じクラスである。しかも三年間。腐れ縁としか言いようがない。
真後ろに同じスピードでついて来られるのが鬱陶しくて、隠岐は大和に声をかけた。
「……お前、なんでついてきたんだ」
「え? ついてきた訳じゃありませんよー。職員室に用事があるだけです」
「だったら俺に合わせて来る必要はないだろう」
「いえ、ぶっちゃけ嫌がらせです」
そうはっきり答えられて、思わず隠岐のこめかみに青筋が浮いた。
だが、これぐらいで怒っていては身が持たない。三年間付き合ってようやく解った。つまり自分が過剰に反応するから大和の奴が面白がっているのだと。
だから冷静になるように自分に言い聞かせた。
「ふん……」
「……あれ? 今日は怒らないんですかー?」
残念そうに大和が問い掛けてくる。内心でざまあみろ、と喝采を上げた。
「そういちいちお前に付き合ってられるかって言うんだ。だいたい、もうすぐバレンタインだしな……」
やや得意そうに隠岐は鼻を鳴らした。
去年のバレンタイン、チョコの数において、隠岐は大和に勝っている。別にチョコレートの数で何が決まるわけでもないとは十分解っているが、少なくとも目の前の浪人生みたいな外見の男に負けたと思うとさすがに落ち込むのだ。だいたい、勉強もテニスの腕もカリスマ性も上を行かれているのだから、一つぐらい勝っておきたい。
「今年もてめーには負けないからな」
余裕を持ってそう言う。
「ああ、隠岐君、去年なんだかたくさんもらってましたねえ……」
自分でも予想以上だった。クラスの女子や女テニ部員からという義理チョコも多かったが、しかし実のところ所謂本命チョコも多かった。とくに下級生中心に。
「でも、どんなにモテまくっても自分の本命に好かれなきゃ意味ありませんしねえ……またフられたって聞きましたけど?」
「っ……ほほ、ほっとけ!!!」
痛いところを突かれて、思わず怒鳴りつけた。そのとおり、少し前からいい感じだな、と好意を抱いていた少女に彼氏がいることが判明したのが先週の出来事だった。モテる割に恋が実ったことは一度もない隠岐だった。もっとも、落ち込んでもすぐに回復して新しい恋に生きるという、切り替えの早いタイプでもあるのだが。
だいたい、今回は一言も言ってないはずなのに何故大和が知っているのだ。
そう尋ねられる前に大和は答えた。
「ふふふ、実は妹さんから情報ゲット済みです……」
「だだ黙れー!!! あ、あのヤロー……」
誤魔化すように大声を出しながら内心で隠岐は自分の妹を呪った。現在小六の妹はどういうわけか大和に懐いている。だが自分の知らないところで情報交換しているとまでは思わなかった。
「まあ、……下級生には大人気なのに、隠岐君ってば基本的に落ち着いた女性って言うか年上好みですからねえ……でもなんていうか拘っている場合じゃありませんよ? 下級生でも別にいいじゃないですか?」
「そ、そんな適当な気持ちで付き合えるかって言うんだ!! だいたいそう言うててめえはどーなんだ!!」
「ひ・み・つですー」
「ああああくそー!!!」
気持ちを落ち着けるために大和から目を反らして何回か首を横に振った。大和の女性関係を隠岐は知らない。とりあえずすごく年上だの不倫だのロリコンだの噂はあったがどれも確証はない。自分の恋愛遍歴が向こうに筒抜けである事を考えると不平等だと思うが、大和が言わないのだから仕方がない。
「とにかく!」
と、隠岐は大和を指さした。
「……人を指さすなって教わりませんでした?」
「揚げ足取るんじゃねえ。いいか、バレンタインだけはお前に負けないからな!!」
しかし、今度は大和の方もわずかに口元を吊り上げた。
「ふっ……そう言っていられるのも今のうちですよ、隠岐君」
「……?」
大和は指先でくいとサングラスを持ち上げた。
色つきガラスが逆光を反射して光る。
「……今年は僕にも秘策があります。去年の恨み、晴らさずにおくべきか……」
「……な、なんだと……」
不気味な笑みを浮かべる大和に、隠岐はややたじろいだ。というか、チョコの数については結構気にしていたらしい。ならばそんなあからさまに不審者みたいな外見はやめるべきだと思う。
「楽しみにしててくださいね……」
「…………」
そんな会話をしながら歩いていた矢先だった。
生徒用掲示板の前で歓談している、一年生二人の姿が目に入ってきた。
「? あれは……」
隠岐が足を止める。それで前方に居る二人も自分たちに気付いたのか立ち止まった。
「あー! 先輩達ー!!」
一年生のうちの一人が足音も高く、飛びつかんばかりの勢いで駆け寄ってきた。部活の後輩だった。
「お、菊丸じゃねえか」
「こんにちわー、菊丸君」
「うわー久しぶりー! 先輩元気だったー?」
「ええ、おかげさまで……」
などと会話していると、もう一人の一年生もこちらに近づいてきた。こちらも部活の後輩である。菊丸がはしゃいでいるのに比べると大人しい感じはあるが、人当たりのいい笑顔を備えていた。
「こんにちは、先輩方」
「おお、不二もいたのか。お前、なかなか有名になってるじゃないか。調子はどーだ?」
「はい、順調ですよ」
「それはよかったですね〜。手塚君はどうですか?」
大和に声をかけられた瞬間、不二の笑顔が微かに引き攣った。
「手塚……も、順調ですよ」
「そうですか、それはよかった」
「…………」
どことなく二人の間に火花のようなものが散っているのを感じた隠岐だったが、あんまり事を荒立てたくないので黙っておいた。
「今、ちょーど先輩達のこと話してたんだよー」
大和と不二の険悪ムードに気付かず、菊丸が喋り始めた。
「バレンタインのチョコが……」
「って、エージ!」
不二が慌てて菊丸の口を塞いで止めようとする。本人たちの前で話題にするようなことではないだろう、という判断からだった。
「なんでもないです、はい……あはは」
「?」
隠岐は不思議そうな顔をしたが、とくに気にしなかった。菊丸が黙ったところで、不二も手を離した。
「んじゃまあ、今の部長や手塚達にもよろしく言っといてくれや」
「はい」
笑顔でそう答えた不二を、ふと、大和が呼び止めた。
「……ところで、不二君、ちょっと」
「はい?」
やや強張った笑顔で、不二は応じた。
大和はずかずかと歩いて不二の肩を掴むと、そのまま廊下の隅に連れて行った。
残された二人は、ぽかんとその様子を見つめていた。
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「な……何、するんですか」
不二は慌てていた。愛しい手塚を変態部長の魔の手から守るために不二が持ちかけた二人の肉体関係はだらだらと続いている。だが、学校ではただの引退した先輩と後輩に過ぎないように振舞っている。だからこういう事は止めて欲しいのだが。
だが、大和は不二の肩を掴んで、真正面から真剣な眼差しで見据えていた。
「いえ、ちょっと……バレンタインですが」
「?」
「……手塚君にチョコ、あげたりするんですか?」
大和がきわめて真面目にそう尋ねたので、不二のほうが脱力した。
どうして、自分が手塚にチョコを渡さねばならないのだ。
「……あげませんけど」
「どーしてですか!!」
大和は叫んだ。ただし、ギャラリーに聞こえないように小声で。
「バレンタインといえば恋人たちのお祭り!! 日ごろ告白するだけの勇気を持てない女の子たちにチャンスを与えてくれる神の思し召し!! 『好きな人に……伝えたい、この気持ち』と自分の甘い恋心をチョコレートに託して相手に届けるのです!! どーしてこの機会を利用しようと思わないんですか!!」
幾分逆ギレしているような大和の説得を聞き流しながら、不二は冷めた目で答えた。
「だって僕女の子じゃありませんし。それにバレンタインにチョコだの愛の告白だのって日本だけの習慣ですよ? ていうかお菓子会社の販売拡張策じゃないですか。何が神の思し召しなんだか……」
しかし大和は激しく反論した。
「文化は国によって違って当然です!! お隣韓国はバレンタインデー・ホワイトデー以外にももっと大量に訳のわかんない記念日を作ってますよ!? そりゃもう毎月!! そこまでとなるとやってられないって感じですが年に一回ぐらいならいいじゃありませんか!! 文化というのは優劣があるものではなく、お互いの文化を認め合うことがまず必要なんです!! だから日本には日本独自のバレンタインがあって然るべきです!! それを西洋のものと比べて間違っているなんて発送はナンセンスです!!」
「いやだから……お菓子会社が……っていうかそもそも、僕女の子じゃない訳で。男の僕からチョコなんてもらったら手塚の方が困惑するでしょう?」
「……何そんな冷静で現実的な判断してるんですかー!? 男同士とか今更常識とか考えちゃ駄目でしょう!? それでなくてもヤオイやボーイズラブの世界じゃバレンタインに攻が受にチョコを渡すのは常識じゃなくてもお約束でしょう!!」
「って、そんなレベルから反論されても……」
「……ところで、だいたいバレンタインネタっていうと攻の方が受にチョコを渡している気がするんですが、どうなんでしょう? そもそも立場的には受がチョコ渡すべきじゃないかなーって思うんですが、ああでも最近はこっちのパターンも見かけますねえ……」
「あのー、だからメタレベルのネタ振られても会話に困るんですけど……」
一を言えば十を返すような大和の反論に、いい加減ウンザリしてきた不二だった。
「……とにかく、バレンタインは僕には関係ないですから。話はそれだけですよね? じゃあ……」
「……それじゃいけません、不二君」
大和から逃れて菊丸達のもとに行こうとした不二だったが、大和にがっしりと肩を掴まれていて動けなかった。
「今日、部活帰りうちに来てください。手塚君にチョコを渡すための悩殺テクを伝授します」
「いや……あの、だから……」
「解りました、ね?」
「……」
大和の語調があまりにも強かったので、思わず首を縦に振ってしまった不二だった。
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「何話してたんだ? 不二と」
ようやくたどり着いた職員室の前で、隠岐は率直に大和にそう尋ねた。
「えー……いやまあ、テニス関連でちょっと」
「まあいいけどよ、別に」
誤魔化すような口調の大和に、隠岐は突っ込まずにあっさり流した。
入り口のドアに張られた職員室の席順でのプリントで担任の席を確認してから職員室の中に入る。
そう言えば、と隠岐はあることを思い出した。
大和の用事が何であるのか、聞いていなかったのだ。
「……そういや、お前の用事ってなんだ?」
「ああはい、小林先生にちょっと……」
そう言う大和もドアの前のプリントをずっと見ていた。
だが、目当ての名前は見つからないらしい。
「うーん……おかしいですねえ」
「小林って、家庭科のか? だったら家庭科室の方にいるんじゃないか?」
「あ、なるほど……」
ようやく思い当たったのか、大和はぽん、と手を叩いた。
「じゃそっち見てきます。では」
そう言って、ばたばたと大和は家庭科室の方に向かっていった。
つまり大和がここまで来たのは無駄だったらしい。……というか、自分をからかうためだっただけになってしまった。
いい気味だ、と思うよりも、先に溜息の方が口をついて出た。
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一方、先輩二人と別れた一年生二人組みは、教室の方に向かっていた。
「大和先輩と何話してたの?」
「ええっと……テニス関連で」
「ふーん……」
大和と同じような誤魔化し方をしているとは思いも寄らない不二であった。
「しっかしあの二人、仲いいよなあ〜。昼休みも一緒なんて」
「……それ、隠岐先輩の方に言ったら怒られると思うけど……」
「え?」
菊丸は意味が解らないといったように、不思議そうに首を傾げた。
まあ、隠岐も本気で大和を嫌がっているわけではないのだろうけれども。そう不二も思うが如何せん大和の存在はアクが強すぎる。
「ところでさ、やっぱり部長とか副部長って目立つものかな〜」
「ん?」
「いや、目立ったらチョコが……」
「またバレンタインの話?」
「だ、だって〜……!」
菊丸はフォローしようとしたが、何も言い返せる事はなかったようだった。
「それなら、来年エージ部長する? って部長は手塚だろうし……じゃあ副部長かな?」
「や、止めろよ〜! 手塚が部長で副部長なんて……俺やだよ〜!!」
「……うん、エージには合わないだろうねえ……」
「そうやってすっごく納得されるのもちょっと……」
取り留めない話題を続けながら二人は教室へ向かっていった。二人はクラスも隣同士だ。
「次の副部長は大石に違いない」と力説するエージを横目で見ながら、不二はふと、窓の外に眼をやった。
まだ2月とはいえ、晴れていてそして建物の中だと、日差しはかなり暖かい。
窓の向こう側、遠くにテニスコートが少しだけ見えていた。
(……テニス続けてる限り、少なくとも二年間は一緒に居れるんだし)
別にわざわざチョコなんて渡さなくてもいい、と不二は思っているのだが。
だいたいよくよく考えてみれば、手塚のことが好きなのは大和だって同じはずだ。
敵に塩を送るような真似をしてどうするのだ。
先ほどの大和の台詞を頭の中で反芻する。
――手塚君にチョコを渡すための悩殺テクを伝授します。
(……ん?)
不二は首を捻った。あの時は勢いに押されて気に止めなかったが、今考えるとおかしいところがある。
いや、そもそも、全体的に論点自体が大きく間違っているのだが、それ以外で。
(……「悩殺テク」?)
その言葉の意味に気がついた時には、既にいろいろと遅かったことを、不二は後に後悔することになる。
だが、今は予鈴の響きに気を取られて、それを深く考えはしなかったのだった……。
バレンタイン第一弾。一年生編(つまり大和不二……)。
相変わらず捏造設定で暴走してますが……多分エロ書けば終わるので……(言い切った)
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