副部長の憂鬱

 大石が青い顔で英二の家にやってきたのは、ある寒い冬の日の夜のことだった。

 もう部活が終わってさよならを言ってからだいぶ時間がたつ。なのに大石はまだ制服のままだ。おそらくまだ家に帰っていないのだろう。学校帰りにそのまま英二の家に足を運んだようだ。肩で息をしている様子を見ると、走ってきたらしい。
「英二っ……、そ、その……相談が……」
「うにゃ? ……どったの?」
 大石が自分に相談するなんて、と、英二は少し別のところで感動した。たいてい、逆の立場の方が多いのに。
「い、いや、ここじゃちょっと……」
「んじゃ、俺の部屋に行ってて、なんか飲み物取ってくっから」
 言いよどむ大石を自室に行くよう促して、自分は台所に向かう。冷蔵庫の中にあったスポーツ飲料を二つのグラスに入れて、お盆に乗せる。
 大石があんなに動揺する様子は、黄金ペアの英二だってほとんど見たことが無かった。学校で何があったのか知らないが、よっぽどのことがあったのは間違いないだろう。こーゆー時にちゃんと聞いてやるのが親友ってヤツだよな、と、英二はちょっと気合を入れながら自室に向かった。
「お待たへ〜」
 いつもの座布団の上にきちんと正座した大石は上の空だった。ちょっとぶつぶつ一人ごとまで言っている。英二が入ってきたのに気付くと、慌てて姿勢を正した。
「ほい、これでも飲んで落ち着けよ〜」
「あ、ああ……ありがと」
 手渡されたグラスを大石は一気に空けた。そのあと、数回深呼吸して、息を整えている。
 大石の息が落ちついたのを見計らって、英二は声をかけた。
「……で、相談って?」
「そ、それが……」
 言いづらそうに顔を下に向ける大石。耳の先がわずかに赤い。
 少しそのまま黙り込んだ後、消え入りそうな声で大石は言った。
「……英二は、……同性の恋愛って……ありだと思うか?」
「……へ?」
 一瞬、大石の真意が判らなくて、拍子抜けしたような声を英二はあげた。
「だから……男同士の恋愛って、成り立つものだと思うか!?」
「ちょ、ちょっと待って、話が見えないんだけど〜?」
「いや、同性同士だって恋愛感情は生まれるって理屈じゃ判るし、嫌悪とか差別とかそーゆーのじゃ無いんだ。だけどな、だけどな……、まさか……あいつらが……」
 頭を抱えながら、大石は首を激しく横に振った。口から漏れる言葉は呻きに近い。
「だーかーら、どうしたんだよ〜、何があったんだってば〜……」
「……じ、実は……」

     ●

 話は、数時間前、部活終了後にさかのぼる。
 帰り道の途中で部室に忘れ物をしたことに気づいた大石は、わざわざ取りに戻ったのだと言う。
 夕暮れの校内に人の姿はほとんど無かったが、目当てのテニス部部室には明かりがついていた。確か手塚が残ると言っていたことを思い出したので、特に気にしなかった。
 しかし、中に入ろうとしてドアノブに手をかけた瞬間、中から二人の人物の話し声が聞こえてきたのだ。
「ねー手塚、今日これから開いてる?」
「……お前、いい加減に離れろ」
「だって寒いんだもんここ」
「じゃあ帰れ」
「僕は君のこと待っててあげてるんだよ」
「邪魔だ」
「……つれないなあ、そーゆーこと言うと……」
 中には手塚だけでなく不二もいるらしい。このときもまだ、別に何も深く考えてはいなかった。
 大石は普段と変わらぬ調子でノブを回し、ドアを開けた。
「なんだ、二人とも、まだ残って……」
 そう言った大石の視界に飛び込んできたのは、予想外の光景だった。
 手塚は椅子に腰掛け左手にペンを持っている。机の上に部誌が広げてあるところを見ると、記入中だったのだろう。別にそれは問題ない。
 だが、そんな手塚の膝の上に、不二が乗っていた。手塚の背中に片腕を回して身体を支えている。
 そして、不二のもう片方の手は手塚の頬に添えられ、顔を持ち上げるようにしており。
 二人の唇は、深く重なり合っていたのだった。
「……!!!」
 大石は思わず手に持っていた鞄を落とした。そのまま動きがフリーズした。
 その音でこっちに気づいたのか、二人はキスをやめると、視線だけ大石の方を向いた。……体勢はそのままで。
 手塚は口を開けたまま顔を真っ赤にしている。不二は対照的に何食わぬ顔だった。
「お、おおいし……っ」
「あれ? 大石、忘れ物?」
 不二の声で我に返った大石は、二人から目をそらすと、鞄をとりあげた。
「あ……す、すまん!」
 それだけ言うと回れ右をして、ドアを閉め逃げるように帰ってきた大石だった。

     ●

「……と、言うわけなんだ……」
 俯いて、ため息混じりに大石は話を結んだ。
「まさかな、うちの部でな、しかも、あの二人がだな……ああ、明日、どんな顔して会えばいいんだ……」
 大石は机に臥した。
 だが、一通り聞いた英二の顔に、驚きの色はない。
 逆に呆れたように呟いた。
「……なんだ、大石、知らなかったの?」
「え?」
「デキてるよ、手塚と不二。不二から聞いたもん」
「ええ?」
 大石はがばりと身を起こし、目を丸くして英二の方を見た。
「……ていうか最後までヤッちゃってるよ?」
「えええええええええええ?!」
 立ち上がって大石は叫んだ。あまりの声の大きさに英二は耳をふさいだ。
「もー、大石、うるさい……」
「あ、……ご、ごめん……で、でも……」
 大石は再び座り込んだ。だがよっぽどショックが大きかったのか、下を向いて放心してしまっている。
 そんな大石を見ながら、英二は自分のグラスに口を付けた。
 英二だって、その事実を不二から聞いたときは叫んだものだ。
 男同士だとかホモだとかゲイだとか、問題はそこではない。
 あの堅物で恋愛に無頓着そうな手塚が、不二に落とされたという事実の方が驚きなのである。
「ま、あんなに不二が毎日アプローチしてたんだからさ〜、手塚が流されても仕方ないでしょ。それに不二そこらの女の子より可愛いし」
「だ、だけど……」
 確かに、不二は何かことあるごとに手塚の隣にいるのだが。
 あの手塚にあれだけベタベタできる不二はたいしたものだと大石は常々思っていたのだが。
「それにさ〜、男同士だってちゃーんと出来るんだよ?」
 大石だってそのくらい知識としてはちゃんと知っている。
「……とは言ってもなあ……」
 まだ納得のいってなさそうな大石の俯いた頭を、英二はよしよしと撫でてやった。
「大石、じゃ、手塚や不二のこと、気持ち悪いとか思うの?」
「……そういうわけじゃ……」
「じゃ、いーじゃん。出来ちったものはもう仕方ないよ〜。別に誰にメーワクかけてるわけじゃないんだし」
「……そうだな」
 大石はしばらくしてから顔を上げた。
「……明日、ちゃんと謝っておくよ」
「うん、それでいーんじゃない」
「ごめんな、いきなりこんなこと話して。ちょっと混乱しちゃってさ……」
「あはは、いいよ〜。俺も驚いたもんな、不二から聞いたときは。だって、相手手塚なんだぜ?」
「そうだよな、手塚、なんだよな……」
 はあ、と大石は一つ大きくため息をついた。
「……ねー、おーいし」
「ん?」
「大石さー、……もしも、男から告られたら、どーする?」
「え……」
 突然の質問に、大石は少し考え込んだ。
「……まあ……」
「まあ?」
 英二は大石の顔を覗き込むようにした。
 そんな英二と視線を合わせて、大石は答えた。
「……相手による、かな……やっぱり」
「そーゆーもんだよね〜」
 二人は、顔を見合わせて笑った。

     ●

 翌日の朝。
 朝練に向かった大石は、部室の前に人影を見つけた。いつもなら朝一番に部室に着くのは大石なのだが、その日に限っては先着がいた。手塚である。
 大石は、出来る限り普段と変わらない声色で話しかけた。
「おはよう、手塚。今日は早いんだな」
「その、大石、昨日の事なんだが……」
 手塚もそれを気にしていたらしい。大石は手塚の肩に手をぽんと置いた。
「いや……俺も逃げるような真似して悪かったよ。さすがにちょっと驚いたけど、もう気にしてないから」
「む……」
「でも、手塚ももう気にしなくていいから、な」
「す、すまない。部室では止めろと言ってるんだが……」
 本気ですまなそうにしている手塚を慰めるように、肩を叩いた。
「まあ……手塚だから心配要らないと思うけど、……ほどほどにな」
「……ん?」
 手塚の身体が一瞬、固まった。

     ●

「不二〜、昨日、大石に見られたんだって?」
 朝練の途中、ランニングの間を見計らって、英二は不二に声をかけた。不二はふと何の話かわからない、という顔をしたが、すぐに思いついたようだった。
「ああ、キスの事?」
「大石、ものすごい驚いてたよ〜」
「……みたいだね」
 くすりと不二が笑う。
「で、ついノリで、二人のことキス以上のこともいろいろと話しちゃったんだけど……よかった?」
「別に構わないよ、手塚が恥ずかしがるだけだから」
「……そう」
 英二はなんとなく手塚に同情した。
 そういえば、と不二は不意に話を変えた。
「朝から手塚の様子がおかしいんだけど」
「大石にばれたから気まずいんじゃ?」
「気まずいとかとは違って、なんか落ち込んでるっていうか……」
 不二は竜崎コーチと今日の練習内容について話す手塚に視線を向けた。
 そこで、何かに気づいたように顔を上げた。
「……英二、大石になんて説明したの?」
「何って……二人、最後までしちゃってるんでしょ?」
 こっそりと、周りに聞かれないように小声で英二は話した。
「それは確かなんだけど……」
 
 問題は。
 どっちが受け入れる方かって事で。
 
「……大石、勘違いしてるんだろうなー……」
「んにゃ?」
 
 ま、別にいいけどね。
 不二は苦笑しながら思う。
 二人の体格差を考えれば、逆だと思う方が当然だろうし。
 手塚には、ショックだったかもしれないけど。
 
「なんだよ〜、一人で納得するなってば〜」
「んー、秘密」
 じゃれる二人に、コートの端からおなじみの怒鳴り声が聞こえてきた。
「そこの二人! 真面目に走れ!!」
「……はいはい」
 不二は手塚の方を向いて、にっこりと満面の微笑みで笑いかけてやった。
 手塚はそれを見て、ふいと顔を逸らして見てみぬふりをした。

END


……つまりオチが書きたかったわけですが、あんまり落ちてないんだよなあ……(苦)
個人的妄想大菊設定としては、本人達はただの大親友のつもりなのに
周りから見たらただのラブラブバカップルにしか見えない、という感じなのです。
当然本人たちは恋人同士という自覚はありません。天然バカップル(笑)。

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