OUT OF THE BLUE

 青い空と白い雲。
 どこからも文句のつけようが無い、初夏の良い日和だった。
 こんな日は屋上でぼんやり昼休みを過ごし、そのまま五時間目もサボって昼寝でもしようかと不二はそのつもりだった。校舎の屋上に上がることは可能だが、あまり人がたくさん来る場所ではない。その閑散としている様子が不二好みだった。
 とにかく今日は一人でぼーっとすごすつもりだった。

 だと言うのに。

「なあ、どうすればいいと思う、不二……?」

 不二の目の前にいるのは自分より頭一つ背の高い同級生だった。身長も体型ももう十二分に青年で通用するだろう。一年生の頃は同じぐらいの身長だったのに今はこんなに差がついたかと思うと正直腹は立つが表情に出すと悔しいので気にしていないフリをしている。
 弁当箱を持って屋上に来たら彼とはち合ってしまった不二だった。普段から仲のいい相手なのでそのまま一緒にお昼を食べようということになった。
 そこまではいい。
 そうしたらいつの間にか相談を持ちかけられていた。
 しかも色恋方面だと言う。
 自分はあんまり恋愛相談には向かない、と不二は断ったが、相手はそれでも自分でなくてはダメだと言い張った。

 青天の霹靂だと思った。

 長方形の黒縁眼鏡には明るい陽光が反射していて相手の表情は良く見えない。だがやや挙動不審で焦っていることだけはよくわかった。だいたいあの彼が自分にそんな浮かれた相談をしてくるなど思いつかなかった。向こうもそれはきっと同じなのだろう。どう切り出してよいのか解っていないようだった。
 そうこうしているうちに五時間目は始まっている。だがお互いに授業に戻る気はなかった。

 目の前の相手はしばらく「ああ」とか「ええと」とかどもって、ようやくどう説明すべきか思いついたようだった。
 すっと息を吸ってからゆっくりと切り出す。

「……俺、ホモかもしれない」

 データを重んじる彼としては珍しく推定の口調だった。

 どうしてチームメイトのそんなちょっと特殊な恋愛相談に自分が乗らなければならないのだ、と不二は紙パックの牛乳片手にうんざりした。

「とりあえず、乾」

 内心の苛立ちを抑えて不二は乾に微笑みかけた。
 別に乾がゲイだろうがバイだろうが幼児性愛者だろうが不二はなんだってかまわない。実際そんなテニス部員は数年前に前例があるのだし。そしてその対象が誰であってもかまわない。たとえ不二の愛する手塚であっても。ただし恋敵として容赦はしないが。

「恋愛相談だって言ってホモかもしれないって悩んでるってことは相手男なんだね? 誰なのかな?」
「い、いや……それはちょっと……」
 さすがにそれは言いたくないのか乾は顔を逸らした。
 だが不二は解っていたので断定してやった。
「つか海堂でしょ」
「!!!!!」

 そう言ったら乾は顔を真っ赤にして不二から飛びのいた。

「な、何故おまえ、それを……」
 乾の顔から分厚い眼鏡がずれ落ちている。頬を赤くしてあたふたしている様子は結局どんなに大人びた外見になっても変わっていないのだと思った。
 その反応が面白かったので、不二は少し乗り気になった。
 もう少し恋愛相談とやらにのってやっても面白いかもしれない、と思った。
「いやだから乾、解りやすいんだって……」
「そ、そう……なのか……?」
「うん、そりゃもう」
「………………」
 乾は心外だと言わんばかりに憮然とした表情をした。
 だがすぐに気を取り直したのか、ごそごそと不二の目の前に戻ってきた。
 ちょこんと正座をして座る。

「と、とにかく……なんというか、最近、寝ても覚めても海堂のことが気になるんだが……」
「ああそりゃ恋だね。よかったねおめでとう乾今夜はお赤飯だね」
「あの試合以来、気がついたら海堂を目で追っていて……昨日そのことに気がついて……」
「……ていうか今まで本気で自覚無かったの?」
 不二は少し目を剥いた。
 そんなことはここ数週間の乾の様子を見ていれば解ることだった。
 前回のレギュラー戦で越前と海堂に負け、レギュラー落ちした乾は、現在テニス部のマネージャーのような位置についている。もっとも、この努力家の負けず嫌いが後輩に敗北して以来今まで以上の地道な練習をこっそり重ねていることも不二は気づいていた。

 それともう一つ。
 乾の海堂に対する視線が変化したことも感づいていた。

 だがそのまま肯定してやるのも面白くないので、不二は少しからかうことにした。
「それってさ、でも乾、海堂に負けてからってことでしょう? 今まで負けたこと無かったのに。それで拘ってるだけじゃないの? 悔しさと愛情を勘違いしてるだけとか」
 だが、乾は即効で否定した。
「……それは、違う」
 その否定が強い口調だったので、不二は少し黙った。
「……海堂に負けたのは確かに悔しかった。だが」
 乾は一点を見つめたまま、語る口調になっていた。
「でも、越前に負けたのにまだレギュラーを諦めてないあいつが……俺には一度も勝ったことのないのに、それでも諦めてないのが……後から考えたらそのことがぐっときて……それで俺に本当に勝てたんだ、あいつは……」
「…………」

 そんな乾の述懐を聞いて、不二の口元がわずかに綻んだ。乾の方はそれには気づかなかったが。
 一度も勝ったことの無い相手に諦めず立ち向かっていく姿。
 乾が、海堂と乾自身を重ねて見ていることは明白だったからだ。
(ま、乾にも絶対に勝ったことのない相手がいるからね……)
 自分もその一人であることは棚に上げて、不二は乾を見る目を少し細めた。

「……で、それで海堂が気になる、と」
 まとめに入った不二に、乾はようやく我に返った。
「そ、そーなんだ……やはり俺はホモなのだろうか……」
「いや、ちょっと待って。だいたい、別にホモとかゲイとかって悩まなくたっていいだろ? たまたま今回好きになったのが同性だっただけで。まあ毎回男ばっかり好きになったら認めるべきだと思うけど」
「そ、そーなんだが……しかし……」
 そういう乾の歯切れはどうにも悪かった。

「それと乾。どーしてそんな相談、僕にしようと思ったわけ?」
「そ、それは……」
 乾は再びどもった。
 不二と目をあわせないまま下を向いて答える。
「お、お前はなんというか……その方面には詳しいだろう……手塚とか……いるわけだし……」

「………………」
 不二は口を噤んだ。

 確かに、不二は同性ながら手塚のことが好きではある。というか手塚にも無理やりながら告白はしている。両想いではないのが欠点ではあるが。
 それを乾に気づかれているのは、まあ、許容範囲だ。
 実際隠すつもりもないし。
 だがこの場合、問題は。

「……手塚『とか』って何かな? 乾?」

 不二は笑顔で乾を問い詰めた。
 それではまるで、自分が手塚以外にも好きな相手がいたようではないか。しかも男で。
 手に持っていた紙パックをぐっと握り締める。

「…………!!!」

 乾の顔色がさっと青くなる。
 口を両手で押さえた。まるで自分が失言を言ったことに気がついたように。

「それって失礼じゃないかな? 僕は手塚一筋だよ?」
「い、いや……すまんその……失言だった……」
 乾が小さく言う。
「それとも乾、何か僕に言いたいことでもあるの? それなら隠さないほうが身のためだよ?」
「い、いや……本当に……なんでもないんだ……」
 口を押さえて乾は首を横に振った。それこそ必死で。
 だがその行動こそ、何か言い逃れようとしている姿にしか見えなかった。
 体をずらして不二から逃れようとするが、不二はそれを追い詰めた。
 膝の上にずいと圧し掛かって相手の動きを封じる。

「何が言いたいのさ、乾?」
「ほ、ほんとうになんでも……ないんだって不二……!」
 しつこく否定する乾に、不二はさらに顔を寄せた。
「ほんとに? 言わなきゃこのままキスするよ」
 黒縁眼鏡を取り上げて素顔を晒す。顔を近づけると焦った息遣いが肌に感じられた。心臓も大きく高鳴っているのが聞こえる。
「……!! な、何を言ってるんだ!! お前手塚は!!!」
「キスの一つや二つ何言ってるのさ。 ちょうどいい機会じゃん試してみようよ。僕にキスされるのが嫌なら乾は海堂オンリー。キスされても何ともなかったらただの男好きってことで……というか誰でもいいってことかな?」
 お互いの呼吸が感じられるぎりぎりまで唇が近づいた。

 乾の顔色が真っ青になった。
「わー止めろ止めろ!!! 言うから!!! 部長だよ部長!!!」
 吐き出すようにそう言う。

 乾の答えは予想できたものだったとはいえ、不二はぴたりと動きを止めた。
 乾が部長と呼ぶ人間なんて限られている。今の部長の手塚は「手塚」だし、その呼称で呼ぶのは自分たちが一年生のときの部長と二年生のときの部長のどちらかだ。
 そして、未だに思わず「部長」と間違えて呼んでしまう方は、その前者だ。

「……大和部長? あの人がどうかしたの?」
 いつもの笑みを変えずに不二は問うた。
「……す、すまん……偶然、だったんだ」
 乾は眼鏡を掛けなおすと、俯いて答えた。

          :*:・。,☆゚'・:*:・。,★,。・:*:・゚'☆,。・:*:

 一年生の時、二月だと乾の記憶にはある。
 その日も季節こそ今と違えど良い天気で、乾はその陽気に誘われて屋上に上った。
 そこに先客がいることに気がついて、しかもそれが両方ともよく見知った人物の意外な組み合わせだったので、思わずドアの陰からそっと二人の様子を伺った。
 乾の知る限りその二人は非常に犬猿の仲で(というか片方がもう一方を本気で嫌っていて)、二人で屋上にいるようなことはありえないと思っていた。

 そうだと言うのに。

「お、お前と、部長が……その、キスを……」
 しかもここの場所で。
「………………そう」
 不二は静かにそれだけ答えた。
 その静かさと変わらない笑顔が乾には正直怖かった。

「知ってたんだ、乾。……今まで誰にも言わなかったの? どうして?」
「そ、それは……」
 だが誰にも言えるはずがない。そんな衝撃の事実を。

 それに。
「口止めされて……」
 うっかり流されてそう言ってしまったことを乾は後悔したが、時はすでに遅かった。
「……口止め? って大和部長から?」
「…………あ、ああ」
 ここまで来たら誤魔化しきれなかった。
「き、気になったから……直接本人に問い詰めようと思ったんだ……そうしたら部長、『内緒にしてください』って……」
 そこで唇にそっと指をやる。
「………………」
 ここにきてようやく不二が開眼した。
 乾はびくっと身をすくめた。

「……あーもー……だからツメが甘いんだあの人は……」
 毒を吐きながらちっと舌打ちすらしている。
 不二の機嫌が悪化しているのがわかったので、乾は慌てて慰めにかかった。
「す、すまん! 誰にも言わんから!! 無論手塚には……!!!」
「……当たり前だよ。手塚に言うなら命の一つや二つ覚悟しなよ? あれは僕の人生最低の汚点なんだから……」
「……あ、ああ……」
 手塚の敬愛する大和と、不二がそういう関係であったとしたならば、手塚には何を置いても隠しておきたいはずだろう。
 そう思って、乾は何か違和感を感じた。
「だ、だが……お前は、ずっと、手塚のことが好きだったんじゃ……」
「そうだよ」
「なのに……何故……」
 大和と、あんな。

 だがそれ以上のことは聞けなかった。
 二年前、大和に聞いても答えてくれなかったことだ。
 不二も答えないだろという予感はあった。

「どうでもいいよ、そんなこと。あんな人全然好きじゃなかったんだし」
「…………だが」
 それでも乾には不思議だった。好きな相手は別にいるはずなのに。なのにどうでもいいという投げやりな理由でキスが出来るとはどういうことだろう。
「……だから僕は恋愛相談には向いてないんだよ」
 何処か遠くに視線を逸らして、自嘲のように不二は言った。
「………………」
 乾は先ほど、不二にキスされかけた唇に指をやった。
 無理やり奪われかけた口の感触は、以前の経験をふと思い出させた。

 ――絶対に、誰にも言いません……から……!
 そういった自分の頭を優しく撫でる手。
 ――ありがとうございます。乾君。……約束ですよ。
 そして。

 そこまで思い出して、再び顔が赤くなった。
 ……気になる相手がどうにもずっと男ばかりだというのは、やはり、そろそろ自分の性癖の特殊さを認めたほうがいいのかもしれない。

「……俺は……やっぱり好きじゃない人間とはキスできないよ」
「……それって遠まわしに僕のこと嫌いって言ってる?」
「い、いや、そーではなく……お前は友人だと思うがそれ以上じゃないよ。……でもそうだな。気になる相手が男かどうかなんて、仕方ないよな」
 急に何か吹っ切れたように乾が言ったので、不二は訝しがっているようだった。
「何? 突然悟っちゃって……」
 呆れたような不二に、乾は笑って誤魔化した。

 代わりに別の話を持ち出してその場のお茶を濁そうとした。

「……でもな、なんとなく似てるよ、お前と部長」
「………………乾」
 そう言った不二のこめかみがピクリと震えた。
 それで乾はようやく不二の逆鱗に触れたことに気がついた。

「どこが似てるって言うのかなああの変態とこの僕が!? え? 僕はいたいけな一年生に手出したりしてないけど?!」
「す、すまん失言だったマジで……!!!」
 今度こそ不二は本気で自分の上に圧し掛かってきた。

 五時間目の終わりのチャイムが鳴る。
 それでも二人は騒いでいた。


乾の誕生日なので乾の話を……
いえ、ほんとはこの二年前の話の方を書きたかったんですが。
乾が大和と不二のこと知ってるっていうのはだいぶ前から脳内にはあったネタです。
しかしちょっと乾報われなくて誕生日っぽくなくて……そのうち書けたら書きたいです。
これも報われているかと言うと報われてませんが。すみません。
とりあえず誕生日おめでとう乾! 柳絡めようとしてすっかり忘れてたよ!! ごめん!!!

……だって乾の好みのタイプ「落ち着いた人、年上希望」……って大和じゃん!!(言い訳)
手塚の好みのタイプも不二様のタイプすら大和に見えますが。
そんなこと言い出したら大石もエージもタカさんも……大和総受……。

でも三年になると乾海。というか海←乾。

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