社会の授業はいつもどおりに退屈だった。
(眠い……)
不二は思わず出そうになった欠伸をかみ殺して耐えた。
青春学園中等部では、一年は地理と歴史を並行して習う。今は地理の時間だ。教師が地図の縮尺について説明しているが、そんなもの見れば解るし。そもそも、この年輩の社会科教師の授業はプリントの穴埋め主体なので、それさえ教科書どおりにやってしまえば後は特にやる事はない。
ぼんやりと窓の外を見る。空はやや曇り気味だったが、雨が降るような様子ではなかった。
(暇だなあ……)
とにかく、その日の授業は何時にもまして退屈だった。
そんな時、ふと、机の中から明かりが漏れているに気がついた。携帯電話が明滅していた。マナーモードでバイブ機能も無しにしているので、運が悪ければ気付かなかっただろう。
(誰……?)
教師に見つからないように気を配りながら、そっと携帯を開く。
新着メールの文字が見えて、ボタンを操作した。
差出人には、『部長』とあった。
「…………」
不二は思いっきり顔をしかめた。
だがとりあえず、一応、メールを開いてみる事にはしてやった。
文面にはタイトル無しで、たった一文だけ、こう書かれてあった。
『今すぐ屋上に来てくれませんか?』
「……………………」
ますます顔面が歪んだ。
幸いな事に、社会科の教師は気付いていないようだった。
授業中にいったい何を言うのだ。だいたい向こうだって今は授業中のはずだ。もしかしなくともこの文面からすると屋上でサボっているのか。だがそれはそうとして何故自分を呼び出す必要があるのか。だいたい一応テニス部の部長をやってる身が後輩に授業をサボるように持ちかけるなんて間違ってるだろう。
あの得体の知れない笑顔を思い出すと、何かいろいろと文句を言いたくなった。
「……すみません」
小さく手を上げた。
年輩の女性教師が振り向いて不思議そうな顔をする。
「ん? どうしたの、不二君」
「……頭痛が酷いので、保健室に行ってもいいですか」
普段から基本的に問題の無い生徒なので、通用するだろうとは思っていた。
案の定、教師は心配そうに眉を寄せただけだった
「あら……大丈夫? 誰かついて行ってくれないかしら……」
「いえ、一人で大丈夫です。少し寝ていたら治ると思いますから。授業の邪魔して申し訳ありませんでした」
教師に向かって真面目に頭を下げる。
簡単に誤魔化すと、不二は教室から静かに出て行った。
向かう先は、当然、保健室ではなかった。
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屋上で寝転がっていた大和は、やってきた不二の姿を見ると慌てて飛び起きた。
「……ホントに来たんですか?」
意外そうに言われて、不二はぴくりとこめかみを震えさせた。
「あなたの方こそこんなところで何やってるんです」
「いや、授業が退屈だったんで、サボりに来たんですけど……」
「で、どーして僕まで巻き込まれなきゃならないんですか」
「ああ、飛行機雲が綺麗だったので……」
「………………」
頭上を指差す大和に、不二は思わず絶句した。
「せっかくだし見て欲しいなーって……」
だがしかし。
そんな理由で授業をサボらせないで欲しい。
「まあ見てくださいよ、上」
不二はしぶしぶ空を仰いだ。
小石を敷き詰めたような雲の中に、一筋、青い空が見えた。
「……?」
見たことの無い飛行機雲だった。
というか雲、とは言えないだろう。青と白のコントラストが逆だ。
「消滅飛行機雲って言うんですよ。飛行機雲の逆バージョンですから実際は雲じゃありませんけどね」
珍しかったので、不二はぽかんとした表情でしばらく空に見入っていた。
「雲の中を飛行機が通る時に、飛行機から噴射してる高温のガスで雲が消えちゃってその跡だけが残ったものです。なかなか面白いでしょう? ネーミングも気に入ってるんですよ」
その説明はあまり頭には入っていなかった。
「結構すぐに消えちゃうんで、出ている間に来てくれて良かったです」
大和は妙に上機嫌だった。
「……これのためにわざわざ?」
不二は顔を下ろして、大和にそう尋ねた。
「はい」
自分の前に立っている大和は、悪びれなくそう答えた。
「授業中ですよ。そんな理由で来ると思ったんですか」
「解ってます。だから賭けのつもりだったんです。実際、来ると思ってませんでしたし」
「……文句言いに来たんです。……まあ、授業、暇だったし」
「そうですか」
「……飛行機雲見せるなら、手塚でも呼べば良かったじゃないですか」
と言ってから、自分でも変な事を言ったように感じた。
どうしてここで手塚の名前を出したのか。
「でも手塚君なら、なおさら授業サボって来てくれませんよ。それにこうやって僕がサボってるのがバレると困りますし」
手塚はどういう訳かこの謎の先輩を盲目的に尊敬している。そして大和も、その尊敬を失いたくはないのだろう。だから、手塚の前では大和は理想的なカリスマを演じている。……ように不二には見える。
「……だからって僕ならいいんですか」
「似たもの同士ですから」
大和はやけに浮かれた口調だった。
自分が来てくれたことがよっぽど嬉しかったらしい。
なんだかイライラしていることが馬鹿馬鹿しくなってきた。
空は綺麗だし、屋上の空気は教室と違って清々しいし。
気持ちのいい秋の日に、苛付いているのはもったいないと思った。
不二は強張っていた肩の力を抜いた。
「……だいたい、携帯なんか、授業中に見るわけないじゃないですか。メールなら尚更気がつきませんよ。僕だってマナーモードにしてたし、たまたま……」
「でもたまたま、見てくれたんでしょう?」
「…………」
「で、来る気になったんでしょう?」
「………………まあ」
近づいてくる大和の手を払いのけられなかった。
何時の間にか、この男のペースに乗ってしまっている自分に気がついた。
「だったら、賭けは僕の勝ちですね」
顎を持ち上げられると、視線が合った。
「……何時の間に僕との賭けになってたんですか」
「細かい事は気にしちゃいけませんよ。という訳で、賭けの商品、もらいますね」
唇が近づけられるのを、冷静に不二は見ていた。
……やっぱり、こういうことになるのだろうか。
「……だから別に賭けだった訳じゃないでしょう」
キスをされる寸前のところで顔を反らした。
そんな一方的な賭けに応じる訳には行かない。
「……あ、やっぱり駄目……ですか?」
「………………」
大和は残念そうに苦笑いした。
本人的にも都合のいい展開だと思っていたらしい。
「当たり前です」
不二はきっぱりと無常にそう言い放った。
「……でも」
不二は背伸びして、今度は自分から、大和の唇に自分のそれを合わせた。
軽く触れるだけのキスだった。
「……えー、と?」
口を離すと、大和は呆然と自分を見下ろしていた。
不二がどうしてこう言う行動に出たか、解っていないようだった。
思わぬ意趣返しが出来て、不二は口を笑みの形にした。
何時だって向こうのペースで物事が進んでいるのだから、たまにはこうやって、こっちのペースに引き込んでみたい。
「飛行機雲のお礼です。部長」
「あ……」
言われて、大和はようやく納得したようだった。
軽く溜息をついてから、大和は不二の顔を両手で包み込んだ。
その顔が僅かに照れているように見えた。
「こちらこそ、どういたしまして」
再び近づけられた唇を、不二は今度は拒まなかった。
……「屋上Hするぜー! 青姦だぜー!! 立ったまま後ろからぶち込んでかき回してやるぜー!!!」と意気込んでたのですが
なんだか綺麗にまとまっちゃった……ので……
ラブ神様降臨中……エロ神様ー!! 帰ってきてエロ神様ー!!!!
ちなみに参考文献は『空の名前』(写真・文高橋健司/光琳社出版)です。
今は角川から出てるんだっけ……
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