22.尻尾

「すいません、部長はまだなんですか?」
 放課後の練習開始直前のこと。もう部室内にいるのは来るのが遅れた着替え中の部員数人と練習メニューをチェックしている副部長しかいない。

 だが、いまだ部長の大和の姿は見えない。

 大和に用事のあった手塚は副部長・隠岐に問い掛けた。
 隠岐は部長に懐いている一年生の様子に苦笑しながら、優しく答えた。

「……ああ。大和なら、今日は兼部してるとこに顔出すからちょっと後れるってよ」

 その答えに、手塚は少し目を丸くした。
 兼部。
 つまり、部活を二つ以上掛け持ちする事。

「何か用事なら俺が聞いとくぞ?」
 隠岐の言葉で、手塚は我に帰った。
「あ、はい。でも後でいらっしゃるんですね? それならその時に直接伺います」
「解った」

 続けて手塚はごくごく素朴な質問を口にした。

「ところで、部長は兼部……していらっしゃったんですか?」
「まあな。文科系の趣味的部活だからこっち優先だけど、作品発表だけはしっかり参加してるな」
「いったい何処の部活なんですか?」

 隠岐は少し口を噤んだ。言うべきか言わざるべきか悩んでいるようだった。
 やがて、ゆっくりと口を開いた。

「……アート部」
「……美術部、じゃないんですか?」

 手塚のもっともな問いに隠岐は苦笑した。

「という名の漫研だから。美術部とは別組織なんだ」
「……マンケン?」

 よく解っていなさそうな手塚のほか、部室内にいた人間は全てその言葉の示す意味を理解していた。

 ジャージの上を羽織ながら、その会話を全て聞いていた不二は突き放すように言った。

「……どーせキャラクターの顔が書いてあるTシャツ着ながら一日中パソコンの前に座って『でじこちゃん萌え〜』とか言ってるだけじゃない?」
「あー、それ解るかも〜……」

 隣の菊丸に話し掛けるようにしていたが、その声は皆に聞こえていた。だが誰も反論しなかった。というか予想するところは皆同じだったので反論できなかった。

「……失礼な事を言わないで下さい」
 不二の冷たい言葉を何時の間にかどこからともなく部室にやってきた大和は、地獄耳で聞きつけていた。
 そして突然声を上げた。

 その威勢のいい声を聞いて、部室にいた全員がドア付近……大和のいる方をうかがった。
 驚愕と微かな期待を滲ませながら。
 言われたい放題の大和がいったいどう反論するのか。

「し、失礼って……」
 相手の強い気迫に不二は少しだけたじろいだ。同意してしまった菊丸は不二の後ろに隠れた。

 大和は握り締めた拳で胸を叩いた。声を張り上げて吼える。

「僕はぷちこちゃん派です!!」

 部室を越えて響き渡るその宣言に、全員一瞬フリーズした。

 すぐに、部室内に失望と諦観と安堵が入り混じった溜息が満ちる。
 皆こそこそと呟く。

「ちょっと見直しかけたんだけどな……」
「ああ……そんなとこじゃないかと思ったよ……」
「ていうかむしろそれでこそ部長……」

 そんな部員たちの感想はとにかく、大和はべらべらと語り始めた。

「五歳児にセーラー服とかぼちゃブルマというアンバランスな組み合わせがオタク心を限りなく甘く擽るんです!! 現在放映中の『でじにょ』ではワンピースになっていますが何故セーラー服を止めてしまったのかと、放映する側の理屈もわかりますがそれでもやはり問い詰めたい!! ……が、何よりも特筆すべきは毒舌! そう毒舌です!! 無口な彼女から時折吐き出される相手の心を深く抉る研ぎ澄まされたナイフのようなあの毒舌!! もうたまりませんよ!!」 
「……な、なな……」

 萌えを語りだすと熱い大和に、さすがの不二もしばらく絶句していたが、ようやく自分を取り戻した。

「結局同じ……つーか余計タチ悪いじゃないですか!!」
「いーえ! ぷちこちゃんを悪く言う人は許しません!!」
「あんな見え見えの萌えアニメに踊らされて恥ずかしくないんですか!?」
「あれはそういう世の中の萌え男どもを逆手に取ったシニシズムですよ!? 全て計算付くで萌えをやっている企業に対して我々も計算づくで萌えているんです!! 萌えの需要と供給曲線、そこには神の見えざる手が働いているんです!! そして極論すればポストモダン的なサブカルチャーによる現実世界全てに対する皮肉なんです!! 資本主義社会に対し萌えでコミットする事によって内部から社会構造を破壊し再構築しようとする一連のポスト構造主義的運動……」
「理論武装したって所詮二次元五歳児萌えでしょう!?」
「お前等ちょっと落ち着け! 特に大和!! 部活始めるぞ!!」

 テニス部恒例となりつつある二人の舌戦とそれを宥める副部長を遠巻きに見つめながら、乾はぼそりと言った。

「部長はとにかく……不二が何故あの濃い話についていけるのか、それが問題だ……」
 隣でそれを聞いていた大石は、『濃い』と解る時点でお前もどーなんだろう、と思った。

 一方手塚は、羨ましげに二人を見つめていた。
「凄いな……部長も、不二も……」
 手塚は二人の会話が全く理解不能だったが、なんとなく凄いということだけは感じていた。

「俺も、がんばらねば……」

そんな状態の手塚の方に向き直った大石は、大きく汗をかいた。
「いや……アレは見習わないほうがいいと思うんだけど……」

 今後の苦労を予感して、胃に重さを感じる大石だった。


 「しっぽ→ねこみみ→でじこ」てな思考回路でした。
 不快になられた方がいらしたら申し訳ない。……私もぷちこ派です(ロリ)。セーラー服萌えー!!!!

 ……どんどん大和が一人歩きしてきたな……何言ってるのかもう私もさっぱり……

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